
心拍が止まっているとわかった日も、入院した日も静かな雨が降る肌寒い日でした。
入院の個室に入り、看護師さんに「緩和ケア」の説明を受け、涙をこらえる。
事前処置に呼ばれ、内診台に座った途端、とめどなく涙が溢れてきて、先生と看護師さんに「少し待ちましょうね」と声をかけていただきました。
ずっとこらえてきたものが、溢れ出てきてしまって、悲して辛くて寂しくて…
「大丈夫です」
そう言った私に、40代くらいの看護師さんは首を横に振って私の肩をただ優しく、トントンと叩いてくれました。
先生も優しく寄り添ってくださり、処置もより丁寧にしてくださいました。
いよいよお別れなんだと。
本当にお腹の中で亡くなったんだ。
実感と寂しさと辛さが大きな波となり押し寄せていました。
部屋に戻っても、この日はずっと泣いていました。(個室にしてよかったです)
主人も自宅で辛くて泣いていたようです。
赤ちゃんが亡くなり、それからいろいろなことを考えていました。
私は以前から「起こる事にはすべて意味がある」そう思って生きてきました。
今回も意味があり、赤ちゃんが命をもって私たちに何かを伝えにきてくれたんだと。
“どんなお父さんお母さんか確認のため、一度見に来た”
“赤ちゃんは忘れ物を取りに帰った”
本にそう書いてありました。
私の辛さが少し救われた一説でした。
辛くて仕方ないですが、
男性以上に朝から夜遅くまで働き詰めで、食事もままなならず栄養バランスも良くない、運動もしない、ストレス過多、睡眠不足。
そんな生活を約20年近く続けた私が、43歳という年齢でも、妊娠できるんだ、妊娠できる身体なんだ、そう知る事もできました。
2ヶ月弱という短い短い赤ちゃんとの日々。
とても幸せで、温かい日々でした。
お空に帰った赤ちゃん。
お空で幸せに暮らしてね。
私たちのところに来てくれて、ありがとう。