米子市が中心市街地活性化の取組のひとつとして行っているモニターツアー。さて、いよいよツアーも大詰めで、トリを飾るのは天保2年(1831)建築の「平野屋呉服店」。店内に足を踏み入れた瞬間出迎えてくれるのが太い梁と高い吹き抜けの天井、そして和紙をアレンジした趣味のいい柔らかな灯りという、期待を裏切らない町屋オブ町屋の風情です。


染呉服卸問屋の伊藤本店(明治17年(1884)~)銘の「確実正札平野屋呉服店」の看板は当時のもので、客によって値段を変える前近代的な販売方法に対し、すべての顧客に対して同じ価格で販売する正札販売が主流となった時代の様子をうかがい知ることができます。


そして2階には上得意様御用達だったかもしれない粋な茶室や床の間、違い棚、付書院を備えた座敷があり、その床の間で異様に存在感をアピールするのが「米子城錦海周遊の図」と呼ばれる掛軸。米子城の特徴である2つの天守や深浦、大山などがかなりデフォルメチックに描かれており、中海に整然と並ぶ船がとても印象的ですが、画面に記載のある天保14年(1843) というのは、後年10代目の米子城城代となる荒尾成裕が異国船警衛のため入城した年でもあるのでこれは訓練の様子ではないかという説もあり、なるほどなと思うところです。


そのほかにも文政5年(1822)に建てられた3棟の土蔵や水琴窟を備えた中庭などしっかりと保存されており、まさに米子の越後屋(三越の前身)、米子を代表する町屋のひとつといえるのではないでしょうか。































