こんばんわ。よねひろです。シラー寒いの暑いのと気候が相変わらず変ですね。

よねひろが子供の頃はもっとゆっくり季節がコスモス巡ってくる感じだったのに今は早回しで速読するかのように四季のページの移り変わり。。


さて今回は重いテーマで書こうと思いました。人によっては嫌だなって感じるかも。いて座でもよねひろのブログは良くも悪くも120パーセントわたしが感じていることを表現する場なのでヨロシコ晴れ


以前から体の具合がどんどん悪くなって、体は動かせないし、よくしゃべれない、食事も口からとれない友人がいる、という事は書いていて彼女を見てて、自分のおばあさんを思い出します。


おばあさんとほぼ同じ状態だから。おばあさんは80歳をすぎてからそうなり、よねひろの友人はもちろんずっと若いのに状態が似ているからびっくりしてそしてショックだった。将棋

家族としてはおばあさんが一言か二言しかしゃべれずベットに寝たきりになっても生きていてほしかった。

伴侶であるおじいさんは毎日のように病院へ行き彼女を励まし支えてやり、できる限りの治療をしてくれ、命を伸ばしてくれと病院へお願いして彼女は確かに生きてはいた。

ただ、口からものを食べる事ができなくなったので「胃ろう」と言って胃に直接、穴をあけてチューブで栄養液を流し込み生きながらえる、口から喉まで管を通して呼吸をできるようにするなど、チューブや点滴をいくつもつけて、「生きながらえて」いる状態でした。テレビ


会いに行っても悲しそうな目つきをするばかりでこちらから一方的に話しかけているだけで、だんだん反応がなくなり寝ているばかりなので、ダウン「ねむり姫みたいだね」なんて言うしかなかった。こられのことは一度に起こったわけではなくて、だんだんと段階をへて悪くなっていったのだけど。

もはやどうにもできない状態でも、もがいて、なるべく明るい気持ちでいるのは難しかった。死の影はチラチラみえているけれど、誰もそれを口にできない、しない状態。温泉

少しの希望へすがりつく気持ち、すべて死に向かってがゆっくりと進み始めていても「大丈夫だよ」と言い続けて、抵抗するのはむなしい。得意げ


本人もつらかったと思う。「口から食事がとれなくなるよ、明日から何も食べれないよ」と宣言されたらどんな気持ちになるか。


何十年も当たり前に繰り返された楽しみを奪われるなんて。おばあさんが「お願いだから水をちょうだい」と言ってた時の悲しそうな眼を忘れられない。(※肺炎を防止するため水も口からのめなかったのです)


病院にとって「死」は負けです。「患者様」などという言葉で表現されると滑稽ですが、患者は「客」でもあります。「客」を死なせないように、生きるだけ生かすのも病院の仕事。

まちがいじゃありません。家族もそれを望んでいますし。よねひろもその時はそう思ってた。生きれるだけ、生きることが大切で、もう、何もできなくても苦痛と悲しみしか残されていなくても、命の火波が燃え続けるかぎり、人は生きるべきだと、


でも。


おばあさんが亡くなって何年もしてから考えました。本人が口を聞けたら、なんというだろうか?と。


「もう、こんなことはやめてちょうだい。もうたくさんよ。私を穏やかに死なせてちょうだい」と言うんじゃないかと。

それはすなわち、呼吸のためのチューブを取り、胃ろうをやめて文字どうり体が徐々に衰弱して亡くなるパターンの事です。昔はよく、亡くなる前は家に引き取って家で亡くなったと聞きますが、そうできなかったのかな、と。

家族としては何としても本人に生きていてほしい

病気に負けないでほしいと考えます。それが本人の為であるとも思います。

よねひろは今は健康ですが、チューブをのどに突っ込まれて違和感をいつも感じながら口もろくにきけず、自分でトイレもいけずにおしめで、おまけに胃ろうなんて、生きているかいはあるのかな?と想像しただけで気が滅入ります。


家族の都合で、こちらの「生きていてほしい」エゴで、おばあさんの人生の最後をただ、苦痛と悲しみで詰まらせてしまったのでは?

人間は死ぬべき時があって、もう体が「ダメなんだよ」とシグナルを発しているタイミングで「死」の準備をした方がよかったのでは?と。


これは後悔ではないです。やれるべきことはあの時やったし。


ただ、「死」に対して私たちは「よくないもの、忌むべきもの、避けるべき、憎むべき事柄」という風に教わってきたし、理解し、事実、死体は焼かれ二度と会うことはできないし、いいことありせんから。

でも「死」は必ずやってきます。避けて通ることのできない終点です。


「死」は本人から病気の苦しさ、生きなければいけない現実から解放するという面も持ち合わせています。

スピリチュアル的に見ると「死」は「向こう側の世界」への帰還・誕生というふうに言われていて、向こうがわが本当の「世界」であり、こっちは一種の学校、修業の場みたいなものなんですね。だから、本当の世界(家)へ帰るのは喜ばしいことで、「お帰りなさい大変だったね、ごくろうさま」になります。


だから死は全然悲しむべきことじゃない、と学校で教えられたとき正直「え?」と思いましたし受入れがたい気持ちでした。


よねひろが見てきた死は最後は苦しくて悲しくて愛する人との別れでなんもいいことないじゃん、て。魂が体から抜けてどこかへ行く。どこかへ。

そして私たちにはそれは現状では見えないし理解できない。


もし誰もが魂(霊)というものが見えて、ただ体から魂が抜けていくのがわかったら、こんなに嘆かなくてよくなるかもしれません。

「ああ、体が古くなって使い物にならなくなったから抜けたんだな」くらいの感じになるのでしょうか?

私たち肉体を持つ側と魂だけの側から見ると世界が逆であること、これを証明させるのもスピリチュアルの仕事みたいです。

よねひろは現実&体験主義者です。ただやみくもにスピリチュアルを信じようとしているわけではありません。

でも体験はしたいと思っています。先生曰く「神は体験しないとわからないし、言葉ではうまく説明できない」と意味深なことを言います。


で、よねひろは体験を待ってます。楽しみに。そしてみなさまに「言葉」で表現できたらと思います。チューリップ紫チューリップピンクチューリップオレンジ


話は元に戻りますが、おばあさんが死ぬまでも道のりを振り返ってみると彼女を胃ろうやチューブで生かし続けたのは私たち生きている人間のエゴ(自分勝手)だと今は思う。

死がもう、まぎれもなく来ているときは静かに穏やかに死なせてやるという選択肢があってもよかったかもしれません。ただやみくもに死を恐れ隠し避けていてはいけなかったのかも。「受け入れ」なければいけなかったんです。

私たちは死を恐ろしく考えるあまり固まって動けなくなっているように感じます。

病とともにいる友人をみると考えさせられるし、何を願っていいかわからない。ガックリ

ただ彼女の回復を願ってもたぶん叶わないことを知っている。急速にあちら側へと向かっていることがわかる。体が「もう限界だよ」と言っているのが見て取れる。

ほとんど何もできないし、胃ろうの彼女に「もっと生きろ、生きられるだけ生きろ、がんばれ」と神に願うのは正しいのかな?

それとも「彼女の苦しみをなるべく早く終わらせてください」と死を願うべきなのか?ひどいことを考えるな、と思うけど、両方考えます。


せっかくスピリチュアルを習っているのに何もできないことが少し悲しいです。たぶん、これから仕事としてそういうう難しい状況にいる人の話を聞くことが多くなるのに何もいい方法が思いつかないから。

神様がいつか教えてくれるのか。ただ見守るだけなのか。。。。。

まだまだ死へ向き合うことになりそうです。