思い、伝われ

思い、伝われ

これまで9年間にわたり、『よねちゃんのつれづれ便り』というタイトルで思いを綴ってきましたが、この度リニューアル致しました。よろしくお願いいたします。

~新刊のお知らせ~

「道ばたに置いてある自販機で気軽に飲み物が買いたい!」
―「ノーマライゼーション」の実践から考える、真のバリアフリーとは?―   
『ごめん もう歩けん 
  ~希望と共に歩んだ道~』
   1100円(税込)

問合せ:株式会社マインド
 (096)324―7600〈平日のみ〉

アマゾンほか、熊本市内書店でも購入出来るようになりました!
アマゾンで購入される場合→“ごめん もう歩けん”で検索して下さい。

※既刊『思い、伝われ』も発売中!










ウクライナとロシアが戦争を始めてからもう4年にもなる。

トランプ大統領が「自分がもし大統領に就任したら24時間以内に戦争を終結させる」と言っていたが、いまだ終わりを迎える気配はなく、むしろロシア寄りに偏っているようにすら思える。

自衛隊の駐屯地に、来月ミサイルが配備されることになり、地元では事前に住民説明会が開かれぬまま、配備されるのだから、「もし、ミサイルが飛んできたなら」と考えるなら、住民は不安でもあるとも思う。

けれど、その反面、もし日本に何かが起きてしまった時、「本当にアメリカが守ってくれるのだろうか?」─特に、トランプ大統領になってから「自国中心」の考え方になり(本当はどこの国もそうなのだろうが)、平和の気持ちは大事だけれども、ウクライナの動きを見ていれば安穏とした気持ちだけではいられないな、という考えが頭をよぎるようになった。


戦後80年を過ぎ、これから戦争体験者の思いを耳にすることは減っていき、だからこそ、当事者のことばは重い。

一方で、突然攻撃されたら、どこまで対応出来るのか、「自分の国は自分たちで守る」という考え方もあながち間違っていないとも思うのだ。


ひとたび、戦争が始まれば、民間人が一番の犠牲者になるのは目に見えているから。

そう考えるなら、賛否両論、表裏一体ではあるけれど、日本のどこかにミサイルを配備しておかねばならないとも感じる。

戦争抑止のためのミサイル配備とは考えにくいだろうか。


あってはならぬが、いざという時のために。


いちばん不可欠なのはトップの決断力では言うまでもない。


杞憂であればよいし、戦争は何もよいことはもたらさないのだけれど、ニュースを見ながら、どんよりした気持ちになった。