コメントのレスです。特に興味深いコメントでしたので、エントリでお返事することとします。
>クリームさんのコメント。
破壊と創造は同じ事だと思います
特に科学では
プラスの面もあればマイナスの面もある
(*´Å`*)
都合よくは分けられません
どちらの要素も必須ですからね
問題は動物のままの脳の仕組みしかない人間の形をした動物が多い事です
得する事しか行わない
これは動物として正解であり人間社会としては
駄目な要素だと思います。
科学特にスーパーコンピュターと有機化学は
先行投資すべきです
人間が今まで搾取して環境を壊して得た知識を
今度は環境の再生に
人類の少子化は私はもっと必要だと考えてます
多すぎるただ欲望を満たしたいだけの動物が
ピラミッドの頂点に増え続けるのは
生物の破滅の未来しか残さないと思います。
>クリームさん
確かにそういう面もあると思います。興味深いコメントです。
でも、それ以上に、先行投資ができないほど逼迫している現状があるなと思っています。
それは、よくいわれる財政赤字よりも、それを放置して、相も変わらず瀉血療法のように市場刺激などといってジャブジャブと公金をつぎ込んで恥じない人々と、それを「借りろと言われたので借りてやったのだ」と公言する金融の強欲な人々、そして大きすぎるからどうせつぶされないだろうと思っている人々、やっていることが正しいのだから援助がもらえて当然という人々の、モラルハザード、心の荒廃が、世界中から今、「いい加減に目を覚ませ」と包囲され批判されているのが現状だと思います。
それが対ドル・対ユーロ、そして対人民元で円高になっている状態であり、それはドルの没落などというマスコミの一種のプロパガンダではなく、「円の吊し上げ」とも言うべき状態と認識しています。
まずモラル、無い袖は振れないという意識、無料に見えるモノでもそれは打ち出の小槌から出たのではなく、国民の血税からいただいたものだという意識を回復することと、大きすぎるものも盛者必衰であり、いくら居直っても放漫な経営は絶対に許されないという大原則をもう一度回復しなければなりません。
それなしに先行投資しても研究の「現場」には投資は行き届かないでしょう。現場に至るまでに収奪するシステムが存在することはすでに私も知っているし、またご存じの方も多いでしょう。
それをまず取り除くべきであり、そのためにはかれら寄生したものを排除するため、一時、すでに麻薬と化した補助金や助成金の、禁断症状と闘う必要があるのです。
そうでないと彼らの真に有益な研究が、逆に「あれさえなければ」と恨まれることになります。
順序を間違えてはいけないのです。
現状で国民の間にある、「損だ得だ、金だ資産だと浅ましく這い回るのはもううんざりだ!」というモラルハザードへの厭戦感を払拭しないまま、「夢だ」「人類の未来だ」「未来への投資だ」と言っても、それはボタンの掛け違えにしかならないのです。
このミスマッチを言わないところに、聡明なはずの彼ら学者の意識の、私の想像外の低さを感じます。
世の中は簡単には変わりませんが、しかし最近「工程表」などというサムい言葉しかないのですが、その実の「ステップライン」ともいうべき、どのステップを満たせば次のステップに移行できるかという、政策の発動条件と、発動した行動を見直すべき点、そしてその点までの完遂しなければならないことの整理をすることがさまざまな分野で必要であり、それがそもそもの「戦略」であると考えています。
それと、少子高齢化は間違いなく人類を破滅させます。中国でも日本に少し遅れてそれが始まります。中国の今の隆盛は、日本の没落の後で中国自身の没落となり、それはインドの隆盛に追いかけられます。そこで私は中印国境、特にチベットの問題に注目しています。
また、人類を少子化すべきと言ってしまうと、じゃああなたから率先してくださいと言われてしまいます。少子化の問題は、我々という曖昧なモノではなく、自分自身の問題と受け止めるべきです。
日本の耕地規模の農林水産物で支えられる人口は3000万人、残り1億人を減らしたところで、その減る中には自分も、そうでなければ愛すべき人々と最愛の人が入ります。
そこで必要なのは自然との「調和」であり、「選択」ではないのです。
「選択」を選ぶのもまたそれもモラルハザードです。
そもそも、地球そのものは人類の存在をかろうじて認めているにすぎません。
むしろ地球環境はつねに人類もまた淘汰する方向に働いています。故に昨今の天変地異もあると考えてもいいでしょう。
進んだ環境意識があればこそ、進んだ地球と人間の歴史観が必要であり、それは地球をすでに人類は乱した分の応力を受けて犠牲を出しながら、先人たちは調和をさぐってきたという歴史と見る見方です。
たまたまそれが昨今、近代文明というすさまじい力でバランスを崩しているだけで、その近代の力による影響を押し戻すには、それは近代の否定ではなく、近代にふさわしい新たな調和の姿を考えることです。
私はそれ故に、私自身は先端科学だけでなく、その科学との調和としての田園・山村・漁村の再生、それも田中角栄型の「均衡ある開発」ではない、その地方地方にふさわしい「調和できるコンパクト化」を研究の課題として、模索しているところです。
確かに集積・集約・集中による活性化としての都市も必要です。
しかし、その都市は常にその背後に豊かな田園・漁村・山村がなければ成立しないのです。
そこに私は新たな国土計画を、特にその地方に最適の姿をデザインできる、地方の現場主導で立ち上げていくことが必要だと考えています。
それをSF作品でも、また勤めの仕事でも両面で取り組んでいこう、それも向こう30年計画で、と考えるに至っています。
それがプリンセスプラスティックという私の一番重要な創作SF小説のシリーズの新たなシーズンのテーマでもあります。
なかなか長いレスになってしまい、コメント欄に書ききれないのでエントリとしましたが、私はこう考えています。
興味深いコメントをいただけてありがたいです。
これからもよろしくお願いします。
あと、クリームさまも、もしお時間があれば、ついったーをなさってみるのもいいかもしれません。
私的にはとてもおすすめです。BBSやmixi、またブログとも違ったコミュニュケーションの世界です。
mixiよりもゆるく、BBSより責任関係がありながら、ブログよりも考えを整理できる、それがついったーだなと思います。