山本周五郎 『山本周五郎全集 第23巻 雨あがる 竹柏記』 (新潮社) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 1983年11月発行の新潮社版。全30巻の全集の第23巻であり、短編集としては第6巻目にあたる。昭和25年8月から27年4月にかけて発表された13篇が収録されている。

 この全集の短編集は律義に発表順に編集されているので、いつものように、収録作品名、発表年月とその媒体、そしてその作品が収載されている新潮文庫のタイトルを列記してみたい。


 『百足ちがい』   昭和25年8月号「キング」            新潮文庫『深川安楽亭』に収録

 『つばくろ』     昭和25年9月号「講談倶楽部秋の増刊号」 新潮文庫『扇野』に収録

 『ゆうれい貸屋』  昭25年9月号「講談雑誌」            新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『思い違い物語』 昭和25年9~12月号「労働文化」       新潮文庫『あんちゃん』に収録

 『追いついた夢』 昭和25年11月号「面白倶楽部」        新潮文庫『月の松山』に収録

 『嘘ァつかねえ』 昭和25年12月号「オール読物」         新潮文庫『日日平安』に収録

 『はたし状』    昭和25年12月発行「週刊朝日新年増刊号」 新潮文庫『四日のあやめ』に収録

 『七日七夜』    昭和26年5月号「講談倶楽部」         新潮文庫『あんちゃん』に収録

 『雨あがる』    昭和26年7月「サンデー毎日臨時増刊号」  新潮文庫『おごそかな渇き』に収録

 『半之助祝言』  昭和26年7月号「キング」             新潮文庫『雨の山吹』に収録

 『竹柏記』     昭和26年10月~27年3月号「労働文化」  新潮文庫『あとのない仮名』に収録

 『夕靄の中』    昭和27年2月号「キング」            新潮文庫『おさん』に収録

 『雪の上の霜』  昭和27年3月~4月号「面白倶楽部」     新潮文庫『人情裏長屋』に収録


 山本周五郎は読者の涙を誘うのが上手な作家だと思うが、この巻の収録作品に関しては、彼のもう一面の特色である滑稽味を盛り込んだ作品のほうが多いようだ。ひょうきんな、あるいは粗忽な主人公が動き回って、読者がクスクス笑って読み進めるうちに、彼は意外に手ごたえのある何かをしてのけてしまう、と言えば、これもまた周五郎が得意とする作話術である。

 標題作の『雨あがる』と『雪の上の霜』は浪人した武術の達人である三沢伊兵衛と妻・おたよを主人公とした姉妹編ともいうべき作品である。お人好しなのに部類の強さの伊兵衛が止むを得ず戦わなければならないシーンは思わず笑ってしまう。弱い者を救うために賭け試合をせざるを得ない展開になり、そのために仕官の道を閉ざされるのも共通のパターンだ。しかし、伊兵衛・おたよの夫婦には何とも言えぬ味わいがあり、楽しい。

 もう一方の『竹柏記』は、恋が主題の武家物である。真面目に勤め、妻をひたすら愛する高安孝之助が、しかし妻・杉乃の心を掴めないまま時が過ぎ、しかもかつての杉乃の愛人であった岡村八束から卑劣な仕打ちを受けるという展開となり、最後に妻も心を開くのだけれど、恋心も仮借のない現実の中では踏みにじられるというストーリーなので、必ずしも後味はよくない。岡村八束のような、恩を平気で仇で返すような人物に苛立ってしまった。

 『百足ちがい』は、一足違いどころか百足も違うという風変わりな主人公が読者を笑わせているうちに、いつの間にか、お側御用人という要職に任命されるという物語であり、『半之助祝言』は、藩政を牛耳る城代家老を辞任させるべく密命を受けた主人公が、やや破天荒な言動を繰り返しながら、ついには目的を達し、さらに美女の誉れ高い城代家老の娘までを手に入れてしまうという物語で、いずれも痛快な面白さである。

 『七日七夜』は、旗本三千石の四男坊でうだつのあがらない主人公が、ついに堪忍袋の緒が切れて、兄嫁から金包を奪い、吉原で豪遊のつもりが散々な目にあって、最後に一文無しになって辿り着いた場末の縄のれんで人の温かさをようやく知るという物語だ。七日七夜の散財が彼の新しい人生をもたらすわけで、最後に清々しい余韻が残る。

 『ゆうれい貸家』『嘘ァつかねえ』など、戯作調の滑稽味を主体とした作品もあり、山本周五郎の短篇のバラエティを十分に堪能できた。全集の短編集はまだまだあるので、順次読み進めたいと思う。

  2016年7月21日  読了