2010年1月発行の集英社文庫。帯に『相剋の森 (集英社文庫) 』『邂逅の森 (文春文庫) 』に続く「森シリーズ・マタギ三部作、完結」の文字が躍っていた。
いつもブログを愛読している7kichiさんは、この作品も発売とほぼ同時に読了して、早々と読後感を書いておいでだったが、必ずしも好印象を得てはおられない様子であった。結論を先に言えば、それは自分もまったく同感である。上記の二作は、登場人物に歴史的な血脈が流れていて、マタギの生態や現代的な問題点を活写したまぎれもない「森シリーズ」であったけれど、この作品をその系列に加えて「シリーズ完結」と謳うことには違和感がある。なるほど主人公の柴田矢一郎はマタギの出身ではあるけれど、それ以外に前二作との関連は見当たらないのだ。それに、ストーリー展開についても、前二作は緻密な構想を窺えたのに対して、今回は行き当たりばったりの様相である。矢一郎のスーパーヒーローぶりばかりが表面に出て、物語の出来栄えとしては疑問符を投げかけざるを得ない。
矢一郎は結婚後間もなく日露戦争に従軍し、ロシアで銃撃戦を体験してきた。射撃の名手である。除隊後故郷に帰ると、妻は誰かとの間に子供を生んでいた。マタギの社会ではそれは珍しいことではないらしく、矢一郎も容認すれば済んだのかも知れないが、彼はそうはできなかた。その結果、妻は相手の男と心中し、妻の弟・松岡辰治が矢一郎を恨んで命を狙うところとなった。この物語で、矢一郎は辰治に追われ、逃亡・流浪の人物として存在するのである。
物語の舞台は、樺太の真岡のニシン漁から始まり、敷香近くのトドマツの伐採飯場、さらにはサハリンから氷結した間宮海峡を渡り、ロシアのニコラエフスクへと移ってゆく。辰治に追いつかれ、やむなく北上するという一面もあるが、真岡で世話になった香代がそこで食堂を経営しているからでもある。矢一郎が漁師とのトラブルで負傷したとき、助けてくれたのが香代であり、その際にお金も借りていて、どうしても返したいのである。
もう一人、ニブヒの少女・タイグークもニコラエフスクへ流されてくる。彼女は辰治に追われる矢一郎を救ったラムジーンの娘であるが、逆に辰治の標的となって、誘拐され、この町へ売り飛ばされてしまったのである。矢一郎はどうしてもタイグークを救出しなければならない。
折しも、ロシアは革命のさなかであり、その足音はシベリアにも近づいてくる。日本も領土拡張を求めてシベリア出兵に踏み切った。ニコラエフスクは表面は平穏で、日本人社会も形成されているが、不穏な情勢下にある。矢一郎は中国人実力者の元からタイグークを買い戻し、その代金の返済のために地道に肉体労働に汗を流すが、パルチザン部隊の侵攻に危機を感じる。戦争が彼らを否応なく巻き込んでゆくのだ。
クライマックスはニコラエフスクにおける銃撃戦と、そこに住む日本人700に対する虐殺である。矢一郎はとタイグークだけは、中国人実力者の計らいにより虐殺を免れることになるのだが。
全編を通して、矢一郎はスーパーヒーローである。ニシン漁でもトドマツ伐採でも人に優れた働きを見せ、親方に一目置かれることになる。氷上の過酷な嵐に耐え、中国人の用心棒となっている谷口善助との一対一の決闘にも勝利する。そればかりか、知らぬ間に相手に気に入られてしまうのだ。もちろん、銃撃戦が始まれば、射撃の腕は誰にも負けない。そして、捕虜となった全員が虐殺されるなか、ただ一人それを免れるのだ。香代とタイグークの二人のヒロインが矢一郎の魅力の虜となることは言うまでもない。
と言うわけで、スーパーヒーローの活劇アクションと思えば、迫力描写も連続していて、それなりに楽しく読める。当時の史実も押さえてあるようで、荒唐無稽な物語とはなっていない。それでも不満に思うのは、あくまで前二作との比較のうえのことであり、森における動物たちとの息詰まる対決が登場してこないからだ。くどいようだが、「森シリーズ三部作」と謳うから、「看板に偽りあり!」と言いたくなるのである。
結局は、名作『邂逅の森』には遠く及ばなかったということであろうと思う。
2010年2月20日 読了
