2008年8月発行の文春文庫。直木賞受賞作であり、昨年映画化されたのも記憶に新しいところであるが、ブームの最中は敬遠するといういつもの癖で、ようやく今頃になって手にすることになった。
著者は余程の人気作家であるらしく、書店には大量の著作が並んでいるのだが、自分がこの作家を読むのは初めてのことである。テレビドラマを見ないので、ガリレオ探偵=物理学者の湯川学であることも、今回初めて知るところとなった。
冒頭、花岡康子と高校生の娘・美里の母子が暮らすアパートの部屋において、突然訪ねてきた康子の元夫・富樫慎二が殺害されるシーンが紹介される。富樫の卑劣な態度に耐えられず、突発的に母子が共同で殺害に及んだのであった。そして、かねて康子に好意を寄せていたアパート隣人の石神が、物音を聞きつけて、隠蔽工作の協力を申し出てくる。石神は高校教師であるが、それ以上に、数学の研究に余念がない科学者的な一面を持っており、警察の捜査に対しても論理的に対抗できるだけの備えを施すのである。
と、こういう書き出しであれば、いわゆる倒叙法であって、犯人と警察との知恵較べがこの作品の眼目かと思うし、事実、死体が発見され、その身元が富樫であると判明し、やがて康子も容疑者の一人として刑事からマークされることになって、虚々実々の駈引きとなるあたりは、その通りの展開であった。
しかし、草薙刑事の友人である物理学者の湯川学だけは、事件の推移と警察の捜査に疑問を持つ。湯川は石神と大学の同窓であり、石神の能力を知悉していて、表面に現れない何かが隠されていると直感するのだ。湯川は草薙刑事とは別に石神に近づき、次第に真相を掴んでゆく。一方の石神は、湯川に気付かれたらしいと直感し、突然警察に自首して、自分の犯行だと訴えることになるのだが、実はそこにも、思いがけない秘密が隠されていた。
実際に、自分も読んでいて、意外な展開に驚いたのであるが、しかし、騙されたような不愉快感を覚えたのも事実である。これが著者の手法なのかも知れないが、意図的な情報だけを流し続けて、必要な情報は最後にまとめて提出し、読者の鼻を明かそうというのは、極めてアンフェアである。ミステリーはある意味騙し合いなのかも知れないが、読者にも手掛かりを与えてもらわないことには、楽しむことなどできないのだ。それに、石神の行動が物理的・時間的に本当に可能であるかの検証もなく、リアリティに乏しい。湯川の天才的な頭脳を強調したいとしても、極めて哲学的なアプローチから事件の真相が導かれるというのは、とても信じられない。
こういう騙され方に快感を得る読者も多いのかも知れないが、自分は願い下げである。正統派のミステリーとはほど遠いと思うからだ。最近の直木賞も質が落ちたと嘆かねばならない。
2009年4月25日 読了
