新潮文庫8月発行の復刻版。単行本発行は1982年3月、当初の文庫収録は1984年12月ということだから、およそ四半世紀前の作品である。著者の没年が1984年であり、最晩年の作品だと言ってもよさそうだ。
物語の前半は、帝国劇場の公演を1ヶ月後に控えて突然有名劇作家が降板し、新進脚本家の小野寺ハルが代役を引き受け、元夫である渡紳一郎が演出することを条件としたところから始まる。八重垣光子と中村勘十郎という、ともに芸術院会員の大御所の共演と、上海事変から日中戦争の終結まで関東軍に協力して対中謀略や軍事行動に協力したとされる川島芳子をモデルとした『男装の麗人、曠野を行く』という演目は既に決まっている。商業演劇で成り立つ大劇場の舞台裏が、公演の日時が迫る緊迫感のなかで、しかしユーモラスに綴られてゆく。ハルの脚本は遅れ、しかも5時間を超えそうな大作となったため、紳一郎が大幅なカットを試みなければならない。2枚看板の役者は我儘勝手のし放題だ。読者としては、これで初日の舞台の幕が上がるかとやきもきすることになるのだが、それでも、いざ開幕となると、大当たりの興行となることの不思議。大物俳優はともに台詞を覚えずプロンプターを頼っているのだが、それでいて、迫真の演技を披露するのである。
大盛況の劇場に、一本の脅迫電話が入り、中盤からはミステリー仕立てとなってゆく。2億円を用意しなければ、主演の八重垣光子を舞台上で殺害するというのだ。事件の進行とともに、第一の殺人、第二の殺人と、客席で悲劇が発生し、支配人は2億円を持って羽田空港へと出かけたりするのだが、満員の客を飲込んだ舞台上では、熱気溢れる芝居が進行してゆく。警察の介入など、事件の経過を詳述するとともに、著者は劇中劇ともいうべき芝居の模様もリアルタイムに描いてゆくので、物語上の現実と虚構とが同時進行することになり、臨場感溢れるシーンとなっている。この、10月23日午前11時からの様々な攻防は、この物語の核心部分であり、単なるミステリーを超えた面白さに溢れているのである。
物語の後半は、逮捕された犯人や参考人の調書などによる、事件の背景の解明に充てられている。なるほど、事件がどんな理由で起き、どのように計画・実行されたかがよくわかり、素直に腑に落ちるのだけれど、前半の商業演劇の舞台裏のあざとさや、中盤の事件と舞台の同時進行の緊迫感に比較すれば、やや冗漫な印象を免れない。つまりはそれまでがあまりに非凡であって、面白すぎたのであり、後半部がゆるんでしまったということでは決してないのである。
有吉佐和子のストーリーテラーとしての能力が如何なく発揮された一作であり、夢中になって読み進めることのできた一冊であった。そして、花のある八重垣光子という女優の舞台姿に、若い頃名古屋の御園座で観た先代の水谷八重子を重ねて読んでいた。八重子が我儘であったかどうか知らないけれど、舞台上の彼女のあの若さと美しさはいまも忘れられない思い出なのである。
2008年8月6日 読了
