新潮文庫6月発行の復刻版の下巻である。
この下巻では、妻を娶り私塾を開いた麟太郎が次第に江戸市中に頭角を表わし、やがて幕閣や諸大名の目に留まる存在となり、折しも諸外国からの圧力が強まり幕府内にも海軍の創設の必要が認識される時節となって、海軍運用の実務のため長崎へ派遣されるところまでが描かれている。麟太郎はその学問の深さと砲術研究の確かさにより、次第に幕府内に重きを得てゆくのである。
一方の小吉は、病を得て、小野兼吉が乱暴を働くところを懲らしめた後は、身体が思うように動かなくなってしまう。小吉の気性から、本所にいれば色々な話題が耳に入って身体に悪いということで、鶯谷に保養の寮を用意することになった。そして、結局は小吉はそこでお信に看取られて大往生を遂げるのである。
だが、それらはあくまで大きな流れであって、この長編小説は小さなエピソードの積み重ねで成立しているため、粗筋を述べたところで、作品の本質に触れたことにはならない。その間の、父母と子の情愛や、小吉を取巻く本所の人々の人情こそが、この作品の特質であって、読み処なのだ。そして、片寄せあって助け合って生きている江戸っ子の心意気に接するとき、知らぬ間に涙が滲んでくるのである。
上巻から馴染みの世話焼きさんなど、本所の人々が作中で生き生きと活動するのは変わらないが、麟太郎の身の回りを世話をする新たなグループも発生してくる。なかでも、麟太郎の代講をし、さらに塾の会計までをこなす杉純道と、麟太郎や妻のおたみの身に何かがあればすぐに飛んでくる岩次郎頭はその双璧であり、彼らは麟太郎の人物に真底惚れていて、彼の立身を自分のことのように喜び、彼の学問の障害になりそうな面倒なことを一手に引受けようとしているのだ。こういう頼もしいシンパがいてこそ、麟太郎も思う存分な働きができるのである。
もう一つ、麟太郎の妹・お順と佐久間象山との結婚話も、この下巻では進行している。小吉は当初は反対するものの、お順本人が乗り気であり、麟太郎も賛成とあれば、小吉も折れないわけにはゆかない。佐久間象山のいかにも切れ者らしい振舞いは一種の山っ気にも通じて、麟太郎は彼の学問は尊敬しても、人物評価には辛い点数をつけていたようであるが。
それにしても、小さなエピソードをいくつも繋げてこれだけの長編を成立させてしまう著者の力量には、改めて感服である。ストーリーテラーとはまた異なる資質だと思うのだ。背景に勝親子への愛着と江戸っ子賛歌があるとしても、それを余すところなく表現できる著者独特の文体があってこそ、この作品は成功しているのではないだろうか。
江戸の気風と情緒に浸り、ときにもらい泣きをして、心地良い読書のひとときであった。
2008年6月28日 読了
