新潮文庫5月発行の復刻版。単行本初出は1958年6月、当初の文庫編入は1961年6月ということである。発表は1957年「芸術新潮」連載ということで、広く人口に膾炙した『点と線』とほぼ同時期に執筆された作品というわけだ。社会派推理でブームを巻き起こす一方で、こうした地道な歴史物にも手を染めていたのだから、松本清張はやはり只者ではなかった。
この作品には、運慶、世阿弥、千利休、雪舟、古田織部、岩佐又兵衛、小堀遠州、光悦、写楽、止利仏師の10名が順に描かれる。彫刻家、画家、茶人など、いずれもわが国の芸術史に名を残す人々である。だが、彼らの残した作品が芸術史に燦然と輝くのとは対照的に、彼らの人物像はそれほど明らかなわけではない。この作品がタイトルにわざわざ『小説』と謳うのは、彼らの業績を客観的に評価し敬意を表しつつも、その人物像は著者の創造によるものであるための配慮である。つまり、史伝ではなく、あくまで歴史小説であると告げているのだ。
印象深かったのは、千利休、古田織部、小堀遠州と続く茶道の系譜であった。千利休は茶道で秀吉と対立し、不幸な死を迎えた。その弟子の古田織部は、町人風に傾いた茶道を武家風に改めて一時代を画したが、大阪の陣が起きて秀頼方に内通しているという疑いを持たれ、弁明することなく自刃している。そして、二人の不幸な最後を見てきた小堀遠州は、その轍を踏むまいと心に誓い、茶道だけでなく建築・造園などにも才能を発揮しつつ無事に生きるのだが、大名でありながら生涯千石の加増も受けずに年老いてゆくことに、ある種の後悔を抱き、利休や織部に秘かに羨望するのである。その道に傑出した者の孤高がほろ苦く迫ってくるのが堪らない。
著者は表現にも工夫を凝らしており、岩佐又兵衛ではほぼ生涯に言及しているかと思えば、写楽については、画が売れず不遇をかこつ頃の数日を描くに留めている。また、光悦については、同時代に生きた鐔職人の語る言葉で彼の人物を造形し、止利仏師にいたっては、彼を小説に描こうと構想する作家があれこれ思案する様子を描くことによって、間接的に述べているのだ。止利仏師だけは遠く飛鳥時代の人物で、極端に史料も少ないための苦肉の策かも知れないが、すでにこの頃から、著者は古代史にも着目していたことが窺えるのが楽しい。
正直に言えば、自分には茶道はもとより、絵画・彫刻・書など、諸般の芸術はよくわからない。この作品には、、そういう意味でのハードルの高さがあった。歴史小説とは言え、テーマは芸譚なのである。決して軽い内容ではない。
だが、著者がこれら芸術家の人物像をどう造形するかという一点で読んでも、相当に面白かった。例えば、雪舟は禅僧で枯淡のイメージなのだけれど、ここでは意外に俗っぽい一面も描かれているのだ。それに、松本清張は読者を置き去りにしたまま自分の世界に分け入ってゆくというタイプではないのである。
2008年5月17日 読了
