山本周五郎 『五瓣の椿』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫の改版。山本周五郎作品も、新潮文庫では既に大半が文字拡大化されていて、感激である。

 実は、先日読んだ松本清張『霧の旗 』に触発された感じで、久しぶりにこの作品を読み直したくなった。若い娘が体を張って復讐を遂げるという意味では共通点があると記憶していたからだ。それに、よくよく考えれば理不尽な復讐劇であるという点でも、両者は共通しているのである。

 山本周五郎の作品については、新潮社版の全集全30巻が完結したとき、1巻から30巻までを順に読んでいったことがあり、その後に発見されたものは別として、大半は読んだはずである。今回この作品を再読して、山本作品としては相当に異質であることに気付いた。まず、復讐のために連続殺人を犯すという陰惨な筋立てが山本作品に似合わないし、復讐に至る動機が理屈に合わないのも、彼らしくない。以前読んだときはそう思わず、普通に読み流していただけなのだけれど。

 奉公に来てそのまま婿養子に入り、働きづめに働いて店を盛り立ててきた父に対して、家付きの母は物見遊山の連続で、父の臨終の際にも若い役者と遊び呆けていた。娘のおしのは、そんな母を許せず、家に火をつけ、父の遺体とともに母とその役者をも焼殺してしまう。のみならず、母の遊び相手から5人の男を選び、順に殺害してゆくのである。

 おしのが手練手管で男を誘惑して殺人に至る過程が描かれ、途中からは同心の青木千之助の追及が加わって、サスペンスフルなストーリー展開である。放火の火事があり、殺人現場には平打ちの簪と真赤な椿の花片が残されていて、色彩的にも鮮やかだ。最後に、おしのが千之助に置手紙をして死んでゆくのも、見事に決まった幕切れと言えよう。要するに、小説としての面白味に不足は見当たらない。

 だが、やはり殺される1人である佐吉が言う「そういうのをかったいのかさ恨みって云うらしいぜ」の言葉が、この作品を象徴しているように思うのだ。それに、おしのが最後に反省するように、これは私的な制裁であって、殺された男たちが世間一般から見てどれほど悪であったとしても、こんな殺され方をされるのは納得がゆかないのである。

 テレビドラマにもなった人気作品だが、もしかしたら、山本周五郎自身はこの作品を失敗作だと思っていたのではないかと、今回はそんな気がしてしまった。

  2006年11月29日 読了