さぁ、明日は千葉戦。


なんと!勝てば順位的に上に行けるではないですか!


これまでのことを忘れさせてくれるような戦いを期待してます。

また負けたみたいですね。






試合後のレビューとか意見はまったく見てないけど。




リーグ戦での戦犯ともいえるメンバーを外して、

(それとも温存?)





フレッシュな選手を入れて挑んだこの試合。





結果だけがすべてだと思います。






どーせ負けるなら






カズに点を取らせてあげればいいのにえっ







でも土曜日には、また歌うのかな。











You'll Never Walk Alone

司法のしゃべりすぎ/井上 薫
¥714
Amazon.co.jp

自分でも動機がまったくわかりませんが、何となく法曹関係の本が読みたいような錯覚に陥り、本屋でたまたま見つけたのが、



「司法のしゃべりすぎ」

(なんかタイトルが面白そうだっただけ?)



実際、読んでみて思ったのですが、非常に論理的に、現代の司法制度が抱える問題点を指摘していて、心底納得したのですが、はたして僕がこの本を読むことによって、何か良いことがあるかというと、とても自信はありません・・・

どちらかというと法曹関係の方向けに書かれた本のように思います。



とはいえ、内容は決して難しくはなく、法学部の学生や、司法制度にちょっとでも興味がある人にとっては、興味深く読めるのかなとも思います。



本書で書かれている「司法のしゃべりすぎ」の一例をご紹介します。



AさんにはBさんを殺した疑いがかけられている。

しかし、証拠不十分により、Aさんは逮捕されず、刑事的に時効が成立した。

Bさんの子供は、それでもAさんが犯人であると信じ、Aさんに対して損害賠償請求の民事裁判をおこした。

裁判所は、入念な証拠調べの結果、判決文における「理由欄」の中で、AさんがBさんを殺した事実を認定した上で、民事上も時効が成立していることを根拠として原告の敗訴とし、損害賠償請求を認めなかった。



上記において、原告敗訴の判決は時効の成立を理由とするものであり、ということは、AさんがBさんを殺したか殺していないかは本件裁判の判決になんらの影響を与えるものではなく、本来書く必要性がなく、蛇足だというもの。

Aさんは、裁判所に殺人者として認定されてしまったというのに、裁判に勝ってしまったが故に控訴もできず、本来有するべき人権さえも侵害されており、こういった裁判官による判決文の理由欄における「蛇足」は三権分立上も越権行為であり、違法性があり、また裁判の迅速化における障害ともなるものであって、国家予算の無駄遣いであるというのが著者の主張。




だと思う。



本書においては、上記の主張をこれでもか!とばかりに延々と繰り出しています。



正直、ちょっとクドイくらいに。

半分くらい読んでおなかいっぱいになるかもです。


主張については非常に説得力があり、また非常に重大な問題のように思いますが、はたして専門家はこの本をどう読むのでしょうか?著者はこの主張をもって、司法制度の改革に乗り出したいようですので、今後の展開に注目!かもしれません。

国民が司法に求めるものと、法理論的な司法制度のあり方について、更なる文化的な発展が望まれているような気がします。



日本でも裁判員制度の導入が迫っている現在において、話題性は高いのかもしれませんね。




【司法のしゃべりすぎ】  井上 薫 著

購入日:2007年4月27日

読書時間:約2時間

生きる度:50%



裁判員制度(陪審員制度)といえば、三谷さんの「12人の優しい日本人」は面白かった!

12人の優しい日本人/塩見三省
¥9,000
Amazon.co.jp