これで3冊目です。


東野圭吾さんの本。


ずいぶん前にドラマで『白夜行』をやってて、その原作ということで読んだのが最初。

次がちょっと前に『宿命』という小説を読んで・・・


おもしろかったのですよ・・・


べつに敬遠していたわけではなく・・・


東野さんの本は本屋さんに行くとたいてい平積みでたくさんおいてあるので、「今買わなくてもいつでも買えるな・・・」という感じだったのですね。


で、これを逃したら二度と見つけられないかも・・・という、どちらかというとマイナーで興味深い本のほうをつい買ってしまっていたというわけです・・・


が、今回。

買いました。


ナツイチストラップ


今なら右上矢印これがもらえるって事で・・・


集英社文庫、「一冊買うとその場でもらえる!」キャンペーン中音譜

全8種類あって、どれがもらえるかはお楽しみべーっだ!

おまけに弱いぱんだなのでしたニコニコ


夏は集英社文庫の100冊とか新潮文庫の100冊とか、いろいろキャンペーンをやってて楽しいです。


「yonda?panda」の夏恒例、2冊買うと必ずもらえるキャンペーンは今年はエコバッグです。

3種類のうちのどれか。

もちろんぱんだは、このために新潮文庫も2冊買いました。

応募しなくちゃ!!!


角川文庫では2冊買うと必ずもらえる!!ブックカバーキャンペーンをやってます。

松山ケンイチシークレットしおり付!

全7種類から選べるみたいですよ、すごーいクラッカー


って、べつにぱんだは出版社の回し者ではないんですが・・・

すっかり出版社の術中にはまっている、単純で扱いやすい消費者なんですーあせる


で、肝心の『黒笑小説』


こういうものも書くんですね・・・東野圭吾さん。


救いようのない気の毒な小説家とか、やたらドライなシンデレラとか・・・

ああ、ぱんだの家は『臨界家族』かも・・・


世間を斜めに見るとこんな感じ?

なのではなくて、真正面から見るとこういう感じなのかもしれません。


世の中は皮肉なことがいっぱい。

でもそれは皮肉ではなくて・・・単なる真実なのかもしれませんね。


黒笑小説 (集英社文庫 ひ 15-8)/東野 圭吾
¥580
Amazon.co.jp

5月の台湾旅行では、紫薇斗数占いを体験してきたぱんだです。


占い大好き!


なので、新聞や雑誌の占い欄には必ず目を通します。

そして、いいことが書いてあれば喜び、よくないことが書いてあれば落ち込み、行動を自粛する傾向のあるぱんだ。


けれどうすうす感じてはおりました。

占いの結果ばかりに左右されていてはチャンスを逃すに違いない!


なぜならば、思い立ったが吉日。

「よし、これをやるぞ!!!」

と決めたときが一番テンションが高いはずなのですね。


それをふと見たテレビの星座占いでブレーキをかけられてしまう。

「・・・やっぱり今日は始めない方がいいのかも・・・」


それは実にもったいないと思うわけです。

もっとも、なにかをやる気になったときに運勢が低迷していても、

「いいや、やっちゃえ! 失敗してもいいや。今日やりたいんだもん!!!」

という気持ちではじめてしまうこともしばしば。


そんなときは心に何かひっかかりが残ります。


いいのかなぁ・・・こんなことで・・・


そして見つけたこの本。


「占い」は信じるな!

佐藤 六龍 著


この方は占い師です。

なんでも、占いの学校までやっているベテラン占い師。


にもかかわらず・・・

「占いは信じるな」とおっしゃいます。


どういうことなんでしょう?


要するに・・・

六龍先生は、間違った占いが横行して人心を惑わせていることを愁いておられるのでした。


運命学

「命・卜・相・医・山」の5つの分野で構成されており、その中で占術「命・卜・相」の3種類を指すそうです。


「命」とは生年月日と生まれた時間から人の一生を占うもの。

「卜」とは生まれ持った運命を切り開くための開運占術であり、短期間の行動を占うもの。

そして「相」は正しい墓相、家相等を知る方法。


本来は厳密に区別されていたものが、現代日本においてはごちゃ混ぜにされているというのです。


また、天中殺大殺界。

本場中国では、低迷する期間が長すぎるということで、はるか昔に廃れてしまっているらしいです。

ある人の計算によると、人生の42.13%が天中殺にあたり、その中に不幸な出来事が重なるのは当然のこと。というのが理由のようです。


もう一つ、重要なこととして、漢字を読めたことが占いをゆがめた原因であると、佐藤先生は言っています。


例えば四柱推命。

一つ一つの文字は占いにおいては記号にすぎないものを、なまじ漢字が読めたために中国から輸入された際に、誤って解釈してしまった。というより、記号に過ぎないものに漢字からイメージする意味を与えてしまった。ということのようです。

それは大いにありうることのように思われます。


どの程度信じるか?

それは個人個人で違います。

悩んだときの占い頼みということもよくあるでしょう。


でも結局、占いはひとつの指針にすぎないということが、この本を読むとわかります。

行動を決めるのは、自分自身なのですから。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


ところで、台湾での占い。


わざわざ予約までして行った甲斐がありましたニコニコ


実はぱんだ、近頃流行りの占いで今年から3年間、「大殺界」に入ってしまったのです。

ちょっと気分はどんより・・・


と、ところが・・・

台湾の占い師さんはぱんだにたくさんの希望を与えてくれました。


いままでいろんな占いで、親との縁は薄い、早く自立しなくちゃいけない。

みたいなことが書いてあったのですが、今回初めて・・・

「あなたは両親との縁が深いから、いくらすねかじってもいいわよ!」

と、言われましたチョキ

(・・・だからって、かじるなよー・・・( ̄Д ̄;;)


晩年も安泰。

しかも会った最初の言葉は、

「あなた長生きねぇ!!!」

でした。


ぱんだの寿命は101歳~111歳の間だそうです叫び


紫薇斗数は当たると有名。

過去、あまりに当たりすぎるので封印されたことがあるというくらい。


そうかそうか・・・

親との縁が薄かったら、いい歳して親と旅行になんか行ってないよなぁ。

なんて納得したりして(^o^)


いっぱいいいことを言われたので、思い切り信じることにしたぱんだなのでしたーべーっだ!



「占い」は信じるな! (講談社+α新書 372-2C)/佐藤 六龍
¥840
Amazon.co.jp


かつて流行語大賞にも選ばれた「負け犬」


エッセイスト酒井順子さんの造語で、その定義は

「三十代、未婚、子なし」

というものでした。


今では普通に使われる言葉となりましたが、当時はその言葉に衝撃を受けた様々な立場の人たちがテレビや雑誌で、負け犬論を展開していたようです。


さて、今更ですが、ぱんだも「負け犬」について少し考えてみました。


テレビで負け犬有名人たちが喧々諤々と論争を繰り返していた頃・・・

ぱんだは「なんか違う・・・」

と、感じておりました。


作者の酒井さんの意図が全然伝わっていないのでは・・・?


ことに、

「私は負け犬じゃない」とか、

「人生の勝ち負けは結婚で決まるわけじゃない」とか、

「勝ち犬だからって、幸せだとは限らない」とか、


目くじら立てて主張している皆さんのご意見はよーくわかりました。

でも・・・

読んでないでしょ? 酒井さんの『負け犬の遠吠え』

と思ったものです。


以下、ぱんだの解釈ですが・・・


酒井さんは負け犬であることを卑下しているわけではありません。

負け犬を貶めているわけでもありません。

むしろ逆です。


ただ、日本において結婚するのが常識

なので三十代で未婚というのは、世間がうるさいわけです。

世間というより、自分の身近な人々ですね。


両親だったり親戚だったり友達だったり。

「どうして結婚しないの? いいわよー、結婚って」

なんてことを、学生時代の友人や会社の同僚から言われたりするわけです。


そういうときいちいち対抗していたのでは面倒くさい。


未婚女性には未婚女性なりの理由があるわけです。

が、仕事ととか遊びとかそういったことを理由に対抗しても、既婚の相手には理解できないわけです。

子持ち女は「子育てって大変」といいながらも、負け犬よりずっと幸せーって信じ込んでいるわけですから・・・


そこで・・・

酒井さんは考えました。

いっそ、負け犬ってことでお腹を見せちゃえーって。


「わたし負け犬だからー」

と言っている人間にたいして、追い討ちはかけられません。

たいていの心ある人は未婚既婚にかかわらず、

「そんなことないよー」

と言ってくれるはずです。そして根掘り葉掘り、結婚関係の質問をしてこなくなる・・・と。


人は自分にないものをうらやましがるものですが、結婚に限ってはそうでもない。

負け犬は結婚さえできればいいとは思ってないですし・・・にひひ


実は、

「わたし負け犬だからー」

の後には、こんな言葉が続きます。


わたし負け犬だから、夏はボラボラ島にでも行ってこよー。

わたし負け犬だから、クリスマスはパリで過ごしちゃおーかなー。

わたし負け犬だから、海老さま見に歌舞伎、歌舞伎ー。

わたし負け犬だから、アロマテラピー習っちゃうことにしたー。

わたし負け犬だから、今夜はフレンチ食べたーい。

わたし負け犬だから、うっかりダイヤのピアス衝動買いしちゃったー。だってかわいかったんだもーん。

わたし負け犬だから、・・・etc.


という感じでしょうか。


もっとも、負け犬にもいろいろいるので、すべてがこうだとは限りませんが・・・

一人暮らしは生活がかかってるし、将来のことも少しは考えねば。


それでも、勝ち犬よりも可処分所得は高く、自由になる時間は多いはず。

超勝ち犬のお金持ちマダムは例外ですけどね。


近年、セレブな勝ち犬がマスコミでクローズアップされているのは少子化対策でしょうか?

結婚したからってセレブになれる確率はそう高くないと思うので、やはり例外ですね、たぶん。


まぁ、そういうわけで、自称負け犬はけっこうしたたかだということで・・・

自分で「負け犬」と言っている女は本当に自分が「負け犬」だとは思っていないはず。


なので「負け犬」「勝ち犬」の言葉のイメージだけで目くじらをたてるのは、作者の意図に反しているとぱんだは考えるわけです。


実はぱんだ、便利に使わせていただいてます。

この言葉(^o^)