『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』

香山リカ 著


精神科医の香山リカ先生が、スピリチュアルブームについて語った本です。


ブーム・・・なのですね?

考えたこともなかったのですが、たしかに10年前にはあまり聞かなかった言葉かもしれません。


近年のブームの特徴として、著者は宗教色のなさと現世利益をあげています。

お金が欲しい、恋人が欲しい。

しかも今すぐに!!!


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「あなたは両親を選んでこの世に生まれてきました」

「人生の出来事に偶然はありません」


ブームの中心ともいえる江原啓之氏をはじめ、スピリチュアルカウンセラーを名乗る人はそう言う。

つきつめれば、自分で選んだ人生なのだから、自分で責任を取りなさいということだ。


よくよく考えればシビアである。

著者は心理学者の信田さよ子氏の論文やフェミニズム・カウンセリングの第一人者、河野貴代美氏の著書等を引いて、状況を分析していく。


そこで浮かび上がるのが

「非歴史的内向き志向」である。


かつて女性は社会の仕組みの中において弱い存在であった。

「わたしが悪いからひどい目にあうんだ」

「わたしがちゃんとしていないからいけないんだ」

と、思い込んでいた。

が、実はそれは女性全体の地位や処遇、社会の価値観と関係した問題であると知り、外に向かって歩きはじめたのだ。


ところが現在、状況は再び変わりつつあるらしい。

内的世界へ向かって・・・。


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精神分析学者のウィニコットは大勢の乳幼児を観察する過程で、生後六ヶ月から一年の子供が特定のタオルやぬいぐるみなど、柔らかくふわふわした対象に執着するという現象を発見した。


そしてそれらは、母親と自分だけの内的世界から、第三者のいる外的世界へ出て行く途中の中間領域に存在する特殊なものなのだと考え、これを「移行対象」と呼んだ。

『スヌーピー』に出てくるライナスの毛布などは、その典型である。


子供たちはある日突然、大切だったはずのぬいぐるみを置いて外に出て行く。

外の世界に向かい始めた彼らには、もうぬいぐるみは必要ないからである。


が、その移行対象への思いは消滅するわけではなく、心のどこかに残っている。

外的世界内的世界をつなぐ中間領域が必要なくなっても、折にふれて思い出したり、場合によっては積極的に必要としたりすることもある。


心が弱っているとき、環境が変わったときなど「子供がえり」をして中間領域に退行することもあるのだ。


中間領域は人が一時避難するためのシェルターであり、要請があれば大人になってからもいつでも再出現が可能なのである。


内的世界 ⇒ 中間領域 ⇒ 外的世界

この三層構造ウィルコットの考えた、心と対象の関係を表す図式だが、著者はこの上に超越世界を置いた四層構造を考える。現実(外的世界)が厳しいがゆえに超越世界に救いを求めるのではないかと。


内的世界 ⇒ 中間領域 ⇒ 外的世界 ⇒ 超越世界


生きづらい外的世界から超越したところにあるスピリチュアルな世界

が、超越世界だと思っていたところは、実は、外的世界より内側の中間領域であり、守護霊オーラ前世等は現代人にとっての移行対象なのかもしれない。


「悪いのはわたしなんです」

「どうすれば変われるんでしょう?」


自分さえ変われば問題は解決すると考える人々が本当に求めている答えは何か?


努力しても報われない状況というのは確実にあり、労働に見合った対価を得られない人々も確かに存在する。

自分の選んだ人生だからといって、「自己責任」で全てを引き受けることは多くの人にとっては不可能だ。


江原氏の読者の中心層と思われる二十代から四十代の女性たち。

内向き思考で自責的だが、自己責任で全てを引き受けるほどの強さはない。


「悪いのはあなたじゃない」

「そのままでいい」


彼女たちが本当に求めるものは、変わることではなく、許され受容されることと言えるのではないかと著者は言うのだ。


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著者の香山リカ先生は、「スピリチュアルにハマらない人」だそうです。

「見える人には見える」

「理屈はともかく、霊がそう告げている」

と言われたら、その先を追求してはいけない気がして、そのあたりが苦手意識の一因かもしれないと言っておられます。


たしかに、お告げはそれ以上でも以下でもない・・・かもしれません。

ぱんだにとってはそこがいいわけですけど。


そう、ぱんだは「スピリチュアルにハマる人」です。


それがいいとか悪いとかではなく、ひとつの現象として、また生活における心のあり方として精神科医の立場から分析したのが本書、

『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』

なのですね。


既存の宗教スピリチュアルの違い、

江原さんの本心(?)まで、いろいろ分析してあって興味深い本でした。



香山 リカ
スピリチュアルにハマる人、ハマらない人 (幻冬舎新書)


「分捕なすべからず。打捨てになすべし。」


桶狭間の合戦において、織田信長が発した軍令だそうです。

軍隊の略奪が常であった当時としては、画期的なことでした。



目指すは今川義元の首のみ。

僅かの兵を率いた信長は驟雨の中、桶狭間の丘を一気に駆け上ったのでした。



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『信長の呪い ~かくて、近代日本は生まれた~』

社会科学の立場から、信長にアプローチしたという書籍です。



著者の小室直樹さんは昭和7年生まれの法学博士。

歯切れのいい文章で、一気に読みました。



目的合理性。

信長の行動を一貫しているのはこの事実だと著者は言います。

「目的合理的行動の範例を示し、日本の伝統主義に致命傷を与え、近代資本主義へのハイウェイを拓いた」

(本分より)



わき目を振らない。

目的に集中する。

目的達成のために、古い慣習は躊躇なく改める。



もっとも、その改革が成功したのは信長の比類なきカリスマ性のためである。

と、著者は言う。



信長の功績を理解するためには、それまでの習慣を知らなければならない。

著者はそれまでの社会の伝統と照らし合わせて信長がいかに革新的であったかを語っている。



例えば戦争について。

それまでの合戦は略奪が常であった。

信長はそれを禁止した。

意識がそれれば、目的を達成できないからである。



また信長は傭兵を使い、兵農を分離した。

伝統的な兵は通常は農民であり、領主に属する者たちであった。

それを織田家直属の武人軍団として作り直したのである。



農兵は思うように使えない。

日本において籠城戦が成立しなかった理由は、農兵を用いていたからである。

農兵は長く土地を離れられない。

だから信長は「いつでも」「どこでも」「いつまででも」戦うことの出来る軍団を養成したのである。

日本の歴史上、信長以前には長期に及ぶ籠城戦はなかったという。



また、主君に忠誠を誓うという武士道もまた、信長において達成された。

下克上の時代、旗色が悪くなれば敵に降ることは恥ではなかった。負けると見れば早々に逃げる。

勢いのある武将は、降伏した敵を重く用いることさえ珍しくはなかった。



江戸時代に見る武士道は意外にも新しいのである。



そんな時代、確実に負ける戦、本能寺の変において、信長を見捨てて逃げるものは中間、小者にいたるまで一人としていなかったという。



主君に忠節を尽くす。

その気になれば逃げられる状況にあったとしても逃げない。

当時としては不思議なほどの忠誠心であった。

もっとも、明智軍の兵もまた信長の兵である。彼らは光秀の勢いに流された。この時代まだシステムは完璧ではなかったということだろう。



信長の政策の成果は、後の明治時代になってまたその真価を発揮する。



信長兵農分離は、秀吉の刀狩によって完成し、家康によって継承された。

領地の農民との絆を絶たれた武士は、大きな特権を得ると同時に地に足の着かない存在となっていた。



お国替え。

西洋にも中国にもないシステムであるという。



海外の領主は自らの土地を持ち、主君との契約によって忠誠を誓う。

そこに住む農民も領主に属するものである。



が、信長以降の日本は違う。



武士は勲功により主君より土地を与えられ、また奪われる。

農民はたまたま、その土地を耕している者たちに過ぎない。

かつて土地を領有する独立した存在であった武士たちは、江戸時代に至って政府任命による官僚としての性格に転換されていったのである。



近代国家の成立。

日本においては明治4年の廃藩置県によって成立した。



英国の駐日公使パークスは嘆じて言ったそうである。

ヨーロッパでかくのごときことを行おうとすれば、何十年、何百年の紛争、戦争が必要であろう、と。



日本に限ってなぜ一気に近代国家の成立が可能であったか?

廃藩置県(つまりそれは将軍を中心とする大名の終焉であるのだが)が、一つの勅令で可能であったのか?



答えは信長にある。


日本ではすでに近代国家の基石が置かれていた。

近代国家日本の基石を置いたのは、織田信長である。

と、著者は言うのである。



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冒頭、信長は桶狭間の丘を駆け上ったと書いた。

通説は、駆け下る。奇襲であるというのが一般的である。



が、著者はその意見に異を唱える。

戦場は田楽狭間ではなく桶狭間山。

そして、奇襲でさえないという。



太田牛一の『信長公記』

徳富蘇峰『近代日本国民史 織田信長』

等の書籍をベースに、社会科学の視点から独自の信長論を展開している。



比較対象として海外の軍人の例も多数描かれている。

おもしろい一冊だった。



※ 1992年の発行であるため、桶狭間の通説が現在どうなっているのかは、ぱんだは知りません。ごめんなさい。



小室 直樹
信長の呪い―かくて、近代日本は生まれた



この記事は本当でしょうか?

今日(1/11)の産経新聞の総合面に載ってました。

これです。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080110/acd0801101901001-n1.htm


世界最小ラジオ。

人毛の1万分の1のだそうです。


カーボンナノチューブ製のこのラジオは、カーボンナノチューブの分子一個だけで、アンテナ、チューナー、アンプ、復調器の全ての役割をこなし、「真空管ラジオ」と似た仕組みだそうです。

なんのことやら( ̄Д ̄;;

(米粒に顔を描くよりすごい・・・のか・・?)


要するにすごーく小さいラジオってことなんですが、サイエンスライターの竹内薫氏は

「現在は、研究者が遊び心で作ってみたという段階だが、この小ささは驚異的だ。小型カメラなどと組み合わせて血管や細胞の中に入れれば、血液成分や細胞の状態などをモニターすることもできるのではないか」

と、言っておられるそうです。


これを見てぱんだは驚きました。

「これってこの世界だ目


ジェイムズ・L. ハルペリン, James L. Halperin, 内田 昌之
誰も死なない世界

以前、読んで

「へー・・・」

って思ってたんです。


人間を冷凍保存して、未来に蘇るのを待つという物語です。

「クライオニクス」というそうです。


主人公はアメリカ人のおじさんです。

彼は冷凍保存のシステムを作り上げて、自身や年老いた母親を冷凍します。


冷凍は死後できるだけ早いほうがいい。

だから、組織に登録した人が息を引き取るとすぐにその組織の人がやってきて冷凍保存の処置をします。

現在は不治と言われている病気の人、不慮の事故にあった人、様々です。


主人公が冷凍保存されたあと、人間の冷凍に反対する人々によるテロとかもあって、せっかく保存した遺体の細胞が破壊されて修復不能になってしまう人々とかも出てきます。


そして、未来。

主人公は目覚めます。


テロによる被害で彼の母親の細胞はかなり損傷していました。


そこで・・・

登場するのがナノ分子レベルの機械です。


まさしく、今日の新聞記事の技術の発展したような感じのもの?

なのではないかと・・・


極小の装置が体内をめぐって、破壊された細胞を修復していくのですね。


そしてなんと・・・

死んだとき以上の若さを手に入れて蘇るんです。


細胞を人体の一番いい状態に修復するので、完璧な若さも手に入れてしまうわけです。

健康で傷一つない。完璧な身体。


だから蘇って対面するのは、自分より若い母親だったりおばあちゃんだったりするんです。

なんか怖い・・・


実際、蘇りを前提とした遺体の冷凍保存を行っている団体があるようです。


アメリカはアリゾナ州のアルコー・ライフ・エクステンション財団

そして、ミシガン州を拠点とするクライオニクス研究所


アルコーは12万ドル、クライオニクス研究所のほうがリーズナブルで2万8千ドルほどだそうです。

どちらも非営利団体ということですが・・・

すでに冷凍になっている人もいるようです。


そのうち、ぱんだのまわりにも冷凍人間になる人がでてくるかもしれません。

SFの世界と現実の距離は確実に縮まっているんですね。


ただ、誰も死なない世界がきたら、世界中に人があふれかえって大変なことになるのではないかとちょっと心配です。

何年か前に地球温暖化の原因の一つとして「牛のゲップ」というのが報道されていましたが・・・(ほんとですよ!)

それを言うなら人間のゲップも間違いなく温暖化の一因であるわけですし・・・

寒い部屋も人が増えれば暑くなるのは当たり前・・・


誰も死なない世界が来る前に、月や火星に移住する方法を考えなくてはいけないのかもしれません。


でも、きっと大丈夫でしょう。

誰も死なない世界が来る頃には、月や火星や木星は人間の住める環境になっているはずです。

そういう宇宙環境もSFの世界では実現されていたりしますから・・・

片方実現したらもう一方も実現する。と信じることにします。


そういえば、SFではないですが、これを書いていて思い出しました。

去年の冬だったか、山で遭難した人が冬眠状態で発見されるという事件(?)がありましたね。

人間が身体を自然環境に適応させたわけです。ヤマネみたいに・・・叫び


科学技術の進歩にも驚くけれど、人間の能力って計り知れないですね。