むかーし、むかしのことでした。
ぱんだが若いOLだった頃のことです。
ぱんだは上野のある宝飾品メーカーの社員でした。
会社の最寄り駅は御徒町。
JR山手線で通っていました。
池袋から乗車し、いくつかの駅を過ぎて鶯谷、上野、そして御徒町駅に到着します。
現在の状況は知りませんが、当時山手線のそのあたりはとても混雑の激しい区間でした。
それほど寒い季節ではなかったと思います。
ぱんだはショルダーバッグを肩からかけていました。
上野駅はいくつかの路線が交わるところで、乗り換え客の多い駅でもあります。
駅に着くと山手線の乗客も、大部分がドアに向かいます。
そしてそれに倍するくらいの乗客が乗り込んでくるのでした。
その日ぱんだは油断していました。
上野で乗り込んでくる人に押されて、車両の中央近くまで入り込んでしまったのでした。
御徒町での降車客は少なく、大混雑の電車の真ん中からドアまでたどり着くのは容易なことではありませんでした。
それでも降りないわけには行きません。
「すみませーん、降りまーす」
ぱんだは必至にドアに向かいました。
どうにかこうにか人ごみを抜けてホームに降り立とうとしたとき。
肩からかけていたバッグが、するすると抜けていったのがわかりました。
「あー、バッグがー!!!」
情けない声で、ぱんだは叫んでいました。
茫然とドアに向かって振り返ったとき、
「お、これか」
車内から男の人の声が聞こえました。
と同時に、ぱんだのバッグがぎゅうぎゅう詰めの人々の頭上を飛ぶように移動してきたのです。
あふれんばかりの乗客。
ドアの前に突っ立ているぱんだ。
発車のベルが鳴り始めていました。
満員以上の乗客。
ドア付近の幾人かは挟まれるのではないかというくらいの大混雑。
バッグがぱんだの手の中にぽとんと落ちてきたそのとき、
ゆっくりとドアが閉まったのでした。
奇跡のような出来事でした。
殺人事件がおきても不思議ではないくらいのストレス空間。
そんな中で、人々の良心がぱんだのバッグを運び出してくれたのでした。