

向いていない仕事を続けると、どうなるのか。
これは、簡単に答えが出せる話ではないと、いつも思います。
「向いていないなら辞めたらいい」
そんなふうに言えるほど、人生は単純ではありません。
生活がある。
守りたいものがある。
今は動けない理由がある。
だから、向いていない仕事を続けていること自体を、私は悪いことだとは思っていません。
ただ、合っていない状態が長く続くと、少しずつ、静かな変化が起きていきます。
最初は、はっきりした不調ではありません。
ちゃんと寝ているのに、疲れが抜けない。
休みの日も、気持ちが戻らない。
それは体力の問題というより、生き方とエネルギーの使い方が噛み合っていないサインのように感じます。
人にはそれぞれ、この人生で
・どんな経験をしやすいか
・どんな役割を担いやすいか
そういった方向性があります。
細かい決まりではなく、あくまで大きな流れのようなものです。
その流れと、日々多くの時間を使う仕事の方向が噛み合っているとき、人は自然と前に進みやすくなります。
逆に、方向がズレているとき。頑張っているのに、どこか満たされない。
評価されても、嬉しさが続かない。
そんな違和感が、少しずつ積み重なっていきます。
仕事は、人生の中でもかなり大きな時間を使う場所です。
人によっては、家族との関係や、価値観の積み重ねの中で人生のテーマを深めていく人もいます。
それでも、仕事はやっぱり、生き方がそのまま出やすい場所。
だから、自分の方向性と合っている仕事をしているとき、理由は分からなくても、「生きている感じ」が戻ってくる。
楽ではないけれど、どこか納得できる。
大変だけど、意味がある。
そんな感覚です。
反対に、合っていない方向で走り続けると、人はその違和感を感じないようにしていきます。
「これしかないから」
「今さら変えられないから」
そうやって現実を優先し、自分の感覚にフタをする。
すると、やる気が少しずつ減っていく。
無気力になっていく。
そして、
「自分は何のために働いているんだろう」
そんな問いが、心の奥に残るようになることもあります。
私が鑑定をするときに、一番大切にしていることがあります。
それは、この人がどんな性質や方向性を持っているのか。
そして今、ご本人が考えている立ち位置と、どれくらい重なっているのかを丁寧に見ることです。
今の選択や考え方が、その人の本来の方向性と少しでもしっくり来ているか。
そこを確かめながら、お話を進めていきます。
だから、最初から答えを決めることはしません。
「ここなら、いけそうかもしれない」
そんな感覚がご本人の中に見えてきたときは、その方向をしっかり後押しします。
一方で、今はまだ難しそうだと感じるときは、無理に進めず、できるところから少しずつ整えていく。
そうやって話していると、ふとした瞬間に、ご本人の口から言葉が出てくることがあります。
「実は、こっちが気になっていました」
「最初から、そこが引っかかっていたんです」
「本当は、こうしたかったんですよね」
私は、その言葉が出てくる瞬間をとても大切にしています。
向いていない仕事を続けたときの一番大きな代償は、失敗や遠回りではありません。
「違和感を信じなくなること」
でも、違和感があるということは、まだ感覚が生きているということ。
そこさえ残っていれば、いつからでも、少しずつ方向を調整することはできます。
このテーマを書きながら、そんなことを改めて感じています。
違和感は、無視するものではなく、少しずつ整理していくものだと思っています。
▶︎ 今の仕事のズレを整理する入口はこちら
(簡単なチェックで、今の状態を見直せます)

私は、仕事や働き方についての迷いを、必要な方と個別に整理する鑑定を行っています。
このブログは算命学をベースに
仕事・適職・働き方のズレを整理しています。
※ここから少しだけ、
韓国での暮らしの話を書きます。

【韓国の日常】韓国の日常=寒い日にサラダを選んだ理由と、店で感じた小さな違和感
今日は外でごはんを食べてきました。
韓国は本当にお店が多くて、カフェや軽食のお店、サラダ専門店もあちこちにあります。
今日はとにかく寒くて、マイナス12度。
「今日はがっつり食べたい気分じゃないけど、ちゃんと食べておかないと、午後の仕事に差し支えるな」
そんな感覚で、最初から“サラダを食べよう”と思ってお店に入りました。
店内には、壁にも、入口にも、レジの周りにも、いろいろなメニューや説明が貼ってありました。
種類も多くて、選択肢はたくさんある。
でも正直に言うと、私はほとんど見ていませんでした。
寒さで体が縮こまっていて、
「何を食べようかな」よりも、
「早く座りたい」という気持ちの方が強かったからです。
席について、
「今日は本当に寒いですね」と言ったら、お店の方が「使って下さい」ってカイロを貼ってくれました。
このタイミングが、ちょうどよくて。
さらに、
「寒いので、今日はおでんのスープを少し添えています」
と、サービスで小さなスープを出してくれました。
特別な説明も、大げさな演出もありません。
でも、その一杯とカイロだけで、体が少し緩んだ感じがしました。
そのとき、ふと思ったんです。
もしこれが、入口やレジのところに、
「今日は寒いので、
店内でお召し上がりの方には
温かいスープをお付けしています」
そんな一言としてひとつだけ見える場所に書いてあったら。
サラダって、寒い日にちょっと選びにくい食べ物だけど、
「それなら食べようかな」
と思う人、きっと増えるだろうなと。
メニューがたくさんあることよりも、
「今日はこれが安心ですよ」
という一つが見える方が、人は選びやすい。
いろいろ貼ってあると、逆に何も入ってこない。
今日のお店を見ていて、そんなことを感じました。
それから、器のことも。
冬のサラダは、中身だけじゃなくて、
触ったときの冷たさも、意外と印象に残ります。
もし冬だけでも、ほんのり温かさを感じる器だったら、最初の一瞬の印象は
また違ったかもしれない。
味そのものよりも、
「座ったとき」
「触ったとき」
「最初の一口」
そういう小さなところで、お店の居心地は決まっていくんだなと、改めて思いました。
こういうことを考えながら食事をしていると、
「ああ、私もずいぶん
経営者目線になったな」と思います。
前は、ただ「おいしい」「寒い」「助かった」で終わっていたのに、
今は、
「どうしたら、もっと伝わるだろう」
「どこを一つ整えたら、選びやすくなるだろう」
そんなことを、自然と考えるようになりました。
正解を言いたいわけでも、評価したいわけでもありません。
ただ、人が迷う理由や、選べなくなる理由って、案外こういう小さなところにあるんだな、と。
寒い日にサラダを食べた後歩きながらそんなことを考えた、韓国での日常でした。