1.問題点の列挙

①急性発症

②鎮痛薬の頻回投与

③意識消失発作

④立ち上がるとふらつく

⑤タール便

 

この症例ではタール便を伴う意識消失発作の鑑別が重要です

 

1)意識消失発作

この病態は失神といわれる病態です

 

失神=脳への血流が瞬間的に減少することで起こる一時的な意識消失発作

 

■失神の原因病態

①血管性失神(一過性の血管閉塞:胸部大動脈解離や肺塞栓・椎骨脳底動脈循環不全など)

②心原性失神(心拍出量減少:不整脈・大動脈弁狭窄・肥大型心筋症・左房粘液腫など)

③低容量性失神(低容量:脱水や出血など)

④神経原性失神(副交感神経優位の状態:起立性低血圧・胸腔内圧上昇・迷走神経反射・頸動脈洞反射など)

 

2)タール便

タール便は上部消化管出血(500ml以上の出血)を意味します。

 

この2つの病態(意識消失発作とタール便)から、この症例は出血による血液量減少からの失神(プレショックと表現されます)が起こったと判断できます。

 

2.バイタルサインの生理学的解釈

比較的頻脈傾向である以外に明らかな異常はなさそうです。

 

しかし、病歴から低容量状態(特に出血)が疑われる場合、進行性にバイタルサインが変化

 

することを知っておくべきです。体重の7-8%が血液循環量で、その喪失割合に応じてバイタ

 

ルサインは下の図のように変化していきます。

 

 

出血や脱水などを疑ったら、明らかなバイタルサインの異常が出る前に低容量性ショックの

 

対応が可能です。

 

低容量性ショックの指標はショックインデックスなど種々ありますが、モニターの数字だけで

 

評価するのではなく、以下に説明するように身体所見とバイタルサインとの併読によるアプ

 

ローチが重要になります。

  • ショックインデックス(SI) = 脈拍数 / 収縮期血圧→ 高いほどやばい

SI 判定 出血量
1 軽症 有効循環血液量の23%, 1.0L
1.0~2.0 中等症 有効循環血液量の33%, 1.5L
2≦ 重症 有効循環血液量の43%, 2.0L

 

1)代償性ショック

 代償性ショックの時点(軽症な3段階)では、血圧(特に収縮期血圧)を保って臓器血流を

 

維持しようという代償機能が働きます。その代償機能がバイタルサインの変化とした現れ

 

ます。

 

❶代償性ショック・1:循環血液量の15%を喪失

 ◉全身に血流を送ろうと心拍数を増やして代償する

 

 ◉バイタルサインの変化:血圧は正常、軽い倦怠感など症状ははっきりしない

 

❷代償性ショック・2:循環血液量の20%が喪失

 ◉急な体制変化に代償機能が追い付かない状態。失神や立ちくらみ、ふらつきはこのレベル

  で出現。

 ◉バイタルサインの変化:体位変換試験が陽性

体位変換試験とは
●仰臥位で心拍数・血圧を測定

●立位または端座位で1分・2分・5分後に心拍数・血圧を測定する
*心拍数が30以上上がったり,血圧が10以上下がれば陽性

 
❸代償性ショック・3:循環血液量の25%を喪失
 ◉カテコラミンリリースにより心拍数をさらに増加させつつ、末梢血管を絞めて中心に血流を
  集める代償作用が起こります。
 
 ◉バイタルサインの変化:心拍上昇も認めますが、頻脈(心拍数≧100回/分)以上になる
  とは限りません。血管収縮により、拡張期血圧が上昇するため、脈圧が低下します。
  冠動脈血流(心臓への血流)は保たれるため、収縮期血圧は正常です。
 
2)非代償性ショック
 いわゆるショックといわれる状態
■非代償性ショック:循環血液量の30%を喪失
 ◉心臓だけでなく、腎血流・脳血流も低下しており、末梢チアノーゼも著明
 ◉バイタルサインの変化:ショックバイタル(ショックインデックス≧1.0)
 
この症例は、3段階目の25%喪失(脈圧低下と20%喪失症状の失神)と考えられるため、
 
まもなく4段階目のショック状態に進行すると予想されます。
 
このことから、輸液負荷と輸血も考慮(出血があるため)する必要があります。
 
3)ショックと尿量
血圧と心拍の相関でショックと評価したら、尿量をチェックします。
 
尿量は収縮期血圧が90mmHgを切ると、著しく低下するといわれています。
 
臨床的には収縮期血圧低下を認める前(代償性ショックの3段階目)くらいから尿量低下を
 
認めることが多いです。カテコラミンリリースすることで、腎糸球体への血管が収縮して、腎皮
 
質(尿を生成する)の血流が落ちるためです。患者も気づかない内に尿量が低下(排尿回数
 
の減少、尿の濃縮など)していることがあるので、排尿についての病歴は重要です。
 
この症例は呼吸・意識・体温ともに異常を認めないので、バイタルサインの評価もここで
 
終わりになります。
 
まとめると、
❶失神
❷出血によるプレショック(おそらく上部消化管出血)
❸低容量性ショックの3段階目にきている
 
となり輸液や輸血をしつつ緊急内視鏡を考慮しなければなりません。
 

3.臨床推論と検査

 

この症例は緊急内視鏡、採血・クロスマッチ、輸液、輸血のオーダーを施行します

 

【低容量性ショックで重要な所見】

1)貧血所見(身体所見と検査所見)

 

眼瞼結膜の貧血所見を確認した時に、蒼白であればHb:10g/dl以下であることは知っている

 

人が多いと思います。時折、消化管出血などの出血患者の急性期に、結膜の貧血所見が

 

ないことを理由に輸液負荷などの緊急対応が遅れることがあります。しかし、実は出血性

 

ショックでは血液そのものが減少しても血液濃度(HbやHct)は変わっていないため、結膜

 

所見は出血量の指標にはなりません(下の図を参照)

 

HbやHctが変化してくるのは出血から24~48時間後になります。

 

 

出血性ショックは、バイタルサインで判定すべきで結膜の貧血所見は補助にしかなりません。

 

逆に眼瞼結膜蒼白でも、バイタルサインが保たれていれば、むしろ慢性貧血(心臓の代償作

 

用により大脈圧になる)であると考えます。

 

ポイント:眼瞼結膜の貧血所見がなくても出血性ショックの否定にはならない

 

2)脱水の所見

 

脱水は、口腔や舌の乾燥やツルゴールの低下などを認めることもあり、収縮期血圧の低下を

 

認めない時点から尿量低下の所見を認めます。脱水が疑われた患者では、必ず尿量または

 

尿の色を評価します。低容量性ショックではカテコラミンリリースにより、末梢血管が収縮して

 

末梢チアノーゼおよび末梢冷感を呈します。冷汗を伴えばカテコラミンリリースを疑います。

 

ポイント:ショック状態に末梢チアノーゼ・末梢冷感・冷汗を認めれば、カテコラミンリリースから末梢血管が収縮していると考える

 

 

(参考文献)