「海へ」(第29回) | 読むこと考えることその他

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小説「海へ」1-2-I

 

前回までのあらすじ:

主人公は年金制度の手続きに不満を感じて少女漫画を買いに行くが、電車を乗り間違えてしまう。
そこで、128番目に読んだUBという作者の『たいむぶれっど』という漫画に心を奪われるが、前半で終わっていたため嘆息する。
そこに茶色の紙封筒を持った少女が電車に乗り込み、主人公に話しかけてくる。少女は出版社に行く途中だが、場所が分からず、主人公に尋ねることもできないため、座席に寝転んでしまう。
主人公は、少女の言動が、さっき読んだ漫画『たいむぶれっど』の作中人物の言葉と似ていることに気づく。
主人公は少女の要求を拒否し、少女は主人公が何者でもないことを認め、関係がないことを示唆する。
主人公は少女の言葉尻につけられる「わかったかしら」という言葉にうんざりし、少女の原稿を見せてもらうことを要求する。
少女はしばらくぽかんとした顔をし、その後「いいわ。見せても。」と答える。
主人公は少女の原稿を見ることができ、それは『たいむぶれっど』後半であり、作者名は〈UB〉であった。

 

第一部

第2章「そして天才は発見されるべくして発見される」(9)

 

ぼくが原稿を読んでいる間、少女はスプリングのはみ出た座席に仰向けに寝ていた。

そして、そのままの姿勢でこう言ったのだった。

 

「ところで、あなたが何物でもなくて、わたしも何物でもないとしたならば、いったいこの状況はどうなるのかしら。

つまり、何物でもない状況ということになるのかしら」

 

「いいえ、それはないと思いますよ」

 

ぼくは言った。

 

「ぼくは、はたして自分が何物かであろうということに固執していますし、またはっきりとあなたの作品を評価もしている。

ということは、一見蓋然的に見えるこの状況もまったくの無意味ということにはならないと思いますよ」

 

 

(続く)

 

「ところで、あなたが何物でもなくて、わたしも何物でもないとしたならば、いったいこの状況はどうなるのかしら。

つまり、何物でもない状況ということになるのかしら」

(イラストはBingAI生成によります)

 

 

海へ「目次」

 

「海へ」第1回