人の死に立ち会う機会というのは

人生でどれだけあるかはわかりませんが、余命を宣告された親友の死亡を看取ることになりました。親友は結婚もしていなくて、すでに両親も他界していましたから完全な独り身でした。それだけに残された人たちがいなかったというのは、親友も気が楽だったのではないかなという思いがあります。元々不摂生をした生活をしていて、自分は好きなことをして好きなように死んでいくと豪語していたのですが正にその通りになったという感じでした。

これが良かったのか悪かったのかはわかりませんが、余命を宣告されてもあまり普段と変わった様子はなく今まで好き勝手やってきたツケが回ってきただけだから、仕方がないとサバサバしていたように思います。そこだけを見ると本当に余命宣告をされた人間なのかという気持ちもあったのですが、最初の頃こそ余命宣告をされた人間がとは信じられないと思っていたものの、ある時を境にはっきりと病状が現れ始めて普通の生活をすることができなくなってしまったのです。

線香

日に日に弱っていったのですが、見舞いに行くといつも明るく振る舞ってみて

このまま良くなっていくのではないかと思わせるほどだったのです。それが空元気を見せていたのか、誰かとあった時だけは本当に調子が良くなっていたのかはわかりませんが印象的でした。その後病状の進行は止まることなく、危篤状態に陥ったということで自分のもとに連絡があったのです。駆けつけた時にはすでに意識はもうろうとしている状態で、これは手遅れだなと感じました。

祭壇

最期に何か言いたいことがあるかもしれないと思い、声をかけてみると一瞬ではありましたが意識がはっきりして二、三話しかけてきたのです。そして、好きなことをしてこういう結果になったのだから後悔はないと自分に礼をいってきました。それが親友の最後の言葉だったのですが、不思議と悲しいという気持ちはなく本人が悔いなく死ぬことができたのは良かったのではないかと思いました。