こちらが嫌がってもお構いなし。


「宗教は結構です。」


って言っても、態度で表しても駄目。


義母「私も昔は宗教が大嫌いだったの、でも友達に誘われて〜」


私「も」ってことは私が嫌がってること理解してますよね?


宗教が苦手どころじゃなくて大嫌いなこと分かってるってことですよね?


「私も昔は宗教が大嫌いだったの」


の前に文章を付けるとしたら


「あなたが宗教大嫌いなの分かってる」

だよね?


嫌がる人を無理矢理に宗教に入れる。

それが義母のやり方。


今までもこのやり方でやって来たんだろうなって思った。

手慣れているもんな。


気の弱い人、いい人の良心に付け込んで生きてきたんだなあ。


まあ、その結果なにが残った?って話だけども。