ベトナムでの仕事を終えて帰国した。それ程長い期間ではなかったが約半年の滞在であった。ベトナムで報酬を得ながら仕事をするには労働ビザが必要である。書類の準備が大変で、時間がかかる。専門家としての仕事をするには、それ用のビザが必要で、日本で仕事に就いていた施設から10年以上は在籍していたとする証明書、都道府県警察からの犯罪経歴証明書、最終学歴証明書、学位記、推薦状等が必要である。在籍証明書、学位記、推薦状などは公証を受ける必要があり、加えて法務省そして外務省の承認が必要となる。しかしこれで全てではない。健康診断書が必要であるが、これがまた大変で、日本での健康診断は認められず、現地で受ける必要がある。したがって、出国前に査証を申請しようと思ってもできない。申請に必要な顔写真が必要であることは当然である。必要な枚数がわからないままに7枚程用意した。私の場合は90日間有効のON-LINE VISAなるものをON-LINEで申請するための書類を準備して、その書類を持って到着時に空港のIMMIGRATION DESKで申請するのである。この時費用を請求される。米ドルでの支払いを求められるがべトナムドンでも対応はしてくれる。しかし、私はうっかりで、米ドルの準備が出来ていなかった。べトナムドンは持っていたが不足で米ドルおよびべトナムドンで支払うことが出来なかった。最終的に日本円で対応してもらうことができたのでVISAを得ることは出来たが、煩雑な申請である。9月20日に離日したが、VISA申請の準備は6月下旬から始めていた。健康診断以外の書類が整ったのは9月になってからだった。現地について90日の間に健康診断を受け、書類を整え就労ビザの申請を終えたのは12月6日だったように思う。が、学位記については公証認証を受けていたにもかかわらず、原本の提出を求められ、再提出となった。学位記の原本など、どこにしまっておいたか覚えていない、私は既にベトナムにいて、原本は日本の実家にあり、連絡を取り合いながら、どうにか探し出し、ベトナムまでEMSで送ってもらっての再提出であった。ビザを入手できたのは12月27日だった。VISAの入手が出来たら次は在留証明書発行申請である。それだけでは終わらず、今度は銀行に口座を開設せねばならず、本当に煩雑だった。このような煩雑な手続きで得た就労ビザだが、都合とは言え半年、ビザを得てから3か月で帰国することにした。家庭の事情もあったのだが、やはりベトナムの生活に耐えられなかった。どれも全て自分で納得していたものではあったが、決定的に私が負けに追い込まれた最大の要因は言葉である。言葉が理解できないのは辛い、完全に孤立してしまう。英語でのコミュニケーションを考えていたので、仕事上のコミュニケーションは英語で出来ていた。しかし仕事以外ではコミュニケーションがとれない。通勤は運転手付きでの送迎を受けていたが運転手とのコミュニケーションがとれない。スマホを介したコミュニケーションは出来るが、込み入った話をタイムリーに出来ない。べトナムとは以前から交流があったが、そこの施設や人達とは何の問題もなく英語でコミュニケーションがとれていたので、全く言葉に障害があるとは考えもしていなかった。これは私の失敗というか考えが甘かった。その他、耐えられなかった環境はいくつもある。6時起床で8時から5時までのワークタイムは厳しかった。運転手が時間に不正確で時間を決めれない。8時を過ぎて来ない日がたびたび、理由はいろいろ、時々朝5時出発で田舎への訪問がある。4時には起床の必要があり、帰りは遅くなる。その分の手当も無ければ謝意もない。私の場合はまだ「まし」な方で、同僚はバイクで片道15㎞、20㎞の距離で通勤している。雨の日も風の日もである。私は首都ハノイにいたが、ハノイですら公共交通が不便である。やはり移動はバイクが主体である。車も増えて、交通停滞はハノイの日常である。ハノイの都市部の交通事情は混沌としているが、無秩序の中にも秩序があるように見える。大きな事故は少ない。バイク同士の事故は少なく、車同士の接触事故が多いように思う。私の場合、半年の間に通勤途上で4回の接触事故があった。日本とは違い、警察を呼んでの事故処理などない、というより出来ない。ドアを開けて外に出ることが物理的にできないのである。車同士が近い事や、バイクが間に入っている。双方が納得して事故処理するのである。そのほか耐えられなかったのは日本での日課であったジョギングが出来なかったことであった。場所がないのである。ロードは危険、一度だけ歩いて片道3㎞程のところに走れる場所があるというので行って見たが危険で出来なかった。住居への不満もあった。サービスは良かったのだが、部屋に窓はあるが窓の外は30㎝ほどの隙間があって隣のビルの外壁なのである。窓を開けて外が見えるというものではないのである。湿気が高く、エアコンが欠かせないのだが、何故か電気代が高い。日本より高かったのではないかと思う。それほど古い建物ではないがキッチン回りに小さな虫が湧く(チャタテムシのような)。食事もなじめないものが多い。一週間に2,3度は日本食へ行く。日本食は高いが仕方なく食べに行く。大気汚染が思ったよりひどい。短い間のべトナム滞在であったが、学んだこともあった。第一は交通マナーである。日本では自転車問題が報道されているが、日本の関係者には一度べトナムへ交通事情の視察へ出向き、勉強していただきたいと思う。ハノイでは信号のある交差点は少ない。多くの交差点には信号機はない。当然、四方からバイク、車、自転車が混じって同時に入って来るが、みんなで譲り合ってスムーズに流れる。一旦停止などするバイクも車もない。しかし、接触も事故も起こらない。スマホなどバイクに固定している、スマホを見ながらの運転など通常の風景である。安全と危険を皆がわかっている。歩道はバイクの駐車場になっており、歩道を歩くことは出来ない。しかし、事故にはならないのである。車道だって車線は引いてあるが、守られていない。3車線ぐらいの道路は車が5列ぐらいで走っているし、その間をバイクが走っている。しかし事故は起こらないし皆が受け入れて譲り合っている。加えてエンジンが50ccのバイクは免許は不要なのだ。日本の交通ルールは行き過ぎている。スマホを見ながら自転車に乗ったら罰金、しかも12,000円、一旦停止しなかったら罰金6,000円だったか、黄色の中央線でははみ出してはいけないだとか、どうしてこのような交通規則が運用されるのか理解できない。ヨーロッパの様に自転車道路の整備が出来ていれば自転車も安心して走れるかもしれないが、日本の場合はそうはなっていない。とってつけたようなルールで事故は防げない。現行の自転車を取り巻く交通ルールは見直し必至である。