昔から興味のあったサグラダファミリア。

来年2026年に完成されると聞いたので、完成前に一度は見ておかなくては、ということでバルセロナ行きを計画。 何といっても100年以上建設が続くアントニ・ガウディの最高傑作品、ずっと建設中の状態が続くものと思っていたが、技術の進化と資金が集まっている、という2つの理由から完成が早まったという。


今回は、息子の野球のトーナメントがフロリダであり、その後仕事でデンマークのコペンハーゲン、そしてロンドンと続き、その後に3泊4日でバルセロナに滞在。 全部で2週間の旅を最初と最後を休暇で過ごすという初めての経験。


コペンハーゲンとロンドンは仕事が中心で街を探索する時間はなく残念。 コペンハーゲンは、きれいな街で自転車も多く国民性が豊かなんだと感じる街だった。 また来たい、そしてゆっくり過ごしたい。


バルセロナは完全な休暇、家族の皆には申し訳ないが。。。

スペインは初めてなので、やはり新鮮である。

バルセロナはカタルーニャ地方にあり、歴史的にも独立志向の強い都市である。 独立を問う選挙もしたほど。 言語もスペイン語とは少し異なり、街中にもカタルーニャの旗を見ることが多く、バルセロナの歴史を勉強したいと思う。


バルセロナは観光都市として非常にアドバンスな都市だと感じる。 旧市街などでローマ時代の城壁が見れたり、少し歩くとガウディの建築物が見れたりなど多くの観光地がある。 

大通りに行くとマクドナルドなどの海外のチェーンがあるけど、それ以外の場所では見ない、こういった独自性があるのは嬉しい。 ヨーロッパの都市はあまり行けてないけど大半はそうなんだろうな。


また、インフラも良く、バルセロナでは観光客としてストレスを感じることが無いというのが嬉しい。 

空港と中心地は近く、バスも5分ごとくらいに頻繁に出ている。 街中は歩いても楽しいし、メトロやバスなど使った場合も、待ち時間が少ないし、切符の購入も簡単。

タクシーも何度か使ったが、変な運転手もいない。

人も明るく、英語で困ることは一度も無かった。

街並みも整備されていて、歩道が広いのが良いし、自転車レーン、バス/タクシーレーンも分かれている。

あとは街中の至る所にベンチがあり、皆が外で座っている光景をよく見た。 


さらに加えて、ご飯が凄い美味しい(すごい大事)。 ピンチョスや、パエリア、シーフードなど食べるもの全て美味しかった。

バルセロナは総合力がものすごく高いから人気都市なんだと実感。

夏のピーク時に来るとまた違う印象を受けると思うけど、今回の滞在はネガティブな感情はなく純粋に楽しかった。


さて、今回の1番の目的のサグラダファミリア。 外観は細かな彫刻がとにかく凄い、そして中のステンドグラスは朝日と夕日を表しているため違う色が使われており、とにかくきれい。 また、柱が樹木のようになっていたり、ユニークなデザインが目白押し。 ものすごい楽しいところだった。 個人的には色鮮やかなステンドグラスがとにかくきれいで、それにちなんだお土産を買ってしまったほど。

ガウディは熱心なキリスト教徒ということで、信仰心からこんな立派で芸術的な建物を建てるキリスト教の強さを感じる。


同じキリスト教でも、通常の教会や修道院とは違い、規定にはまらない非常にユニークで、また自然を取り入れたデザインはサグラダファミリアを特別なものとしている。


特別と言えば、グエル公園やマンジューク城からバルセロナの街並みを一望した際に、サグラダファミリアの特異性を感じた。 このような建物は他になく、見たければバルセロナに行かないといけない。 すごいブランド力であり、都市と国の価値を上げている。

日本でこのような場所があるのか考えたけれどどこだろうか。

皇居そばにある、江戸城の石垣などがまだ残っていて、そこに江戸城を再建しようというアイデアがあると聞いた。 日本の城は他の国には無いユニークなもので、江戸城が立てば特別な場所として観光客に人気が上がると思う。

こういったオリジナルの名所がある観光地は絶対的強さがある。


ちなみに、サグラダファミリアでは英語のガイドツアーに参加したので、ガウディについてやデザインの意味など色々と聞けて学ぶことができた。 

ガイドの人が最初に言ったのは、サグラダファミリアの完成は2026年ではなく、今のところ2035年くらいだということ。 おいおい2026年かと思って急いで来たのにとツッコミを入れたくなったけど、仕事などで忙しく、こういう形で誰かに背中を押してもらわないと旅行に行けなくなってきていることを考えるとそれは良かったと思う。


サグラダファミリアの地下にガウディや建築技術について説明があって、そこに何点かガウディの名言があり、そのうちの一つがこちら。

Life is a battle that takes effort.

Effort is sustained and fuelled by cultivating spirituality.

訳すと、

人生は努力を要する戦いである。

努力は、精神性を育むことで持続し力を得る。

最近、知人と人間性について話すことがあり、いかに余裕を持って色んなことを学び吸収し、人間力を高めることが人生において大切か、といった話をしたので、ガウディのこの言葉が印象に残った。


少し話を変えるけど、今回のヨーロッパ滞在中に自民党の総裁選結果を見た。 高市さんになってナショナリストという報道が国内外である様子。 

どこの国も自国の伝統を守りながら繁栄を図ろうとしており、今回のヨーロッパ旅行でもそれは感じる。 ただ、どうもこういうことを日本で言うとナショナリストや右だと言う受け止められ方をされてしまうというのは、やはりオールドメディアの責任なのかと思う。 海外での報道にしても、国内の報道がそのまま使われているケースもあるだろうから気をつけて見ないといけない。

バルセロナでは、バルセロナ市やカタルーニャに関するミュージアムが複数あり、歴史を繋ごうとしているし、先に書いた通り街中でカタルーニャの旗が多く見られる。 同じようなことが日本でどれくらいできるのだろうか? 右や左と言う時、日本の真ん中はどこにあるのか、総裁選の時期もあり考えさせられました。


今はバルセロナからの帰りのフライト、機内で書いてます。 3時間以上も遅延しており本当に飛ぶのか、コネクションは間に合うのか心配ではありますが、今回はこの辺で書くのは終えましょう。


後記

結局バルセロナからのフライトは3時間半遅れて、ニューアークからサンディエゴ行きへのコネクションに間に合わなかった。 ニューアークで一泊して早朝のフライトでサンディエゴへ。

ストレスのない旅行という感想を書いたからか最後にストレスが。。。

ま、これも旅していたら起こること、あと30分でサンディエゴ、家に帰れます!












久しぶりの投稿になります。


今日は、ヨーロッパ出張の途中でベルリンに来ました。

ベルリンは前から来てみたかった場所の1つであり、これが久しぶりのブログを書くきっかけになりました。


ベルリンと言えば、やはり冷戦の象徴になる場所です。 今回は半日しか時間がなかったのですが、歴史的なところは周ることができました。


まず向かったのは、ベルリンの壁が当時のままで残るイーストサイドギャラリー。 壁崩壊後の1990年に、世界21ヵ国から118名のアーティストが集まり、全部で105点の絵画が出来上がりました。 当時の喜びや不安など、さまざまな感情が壁に描かれている芸術です。


そして、そばにあるミュージアムにも行きました。

こじんまりとした場所ですが、壁の建てられた背景から崩壊するまでの話、展示が多くされてました。

その内の1つに、朝鮮戦争についての展示がありました。 朝鮮戦争は、冷戦の始まりとも言えるような東と西の衝突であり、ドイツ、そしてベルリンが東と西に分かれたと言うところで、どちらも冷戦の大きな象徴だったんだと改めて感じました。








イーストサイドギャラリーの後には、ブランデンブルグ門に行きました。 よく見ると門にはレリーフが刻まれており、壮大なヨーロッパ的な建築物です。 



近くにはナチ政権による、シンティ-ロマ虐殺の追悼慰霊碑があります。 ここはタクシーの運転手から、連邦議会議事堂を勧められたので、ブランデンブルク門から歩いて議事堂に向かっていた際に見つけた場所です。 シンティ-ロマというのは分からなかったので調べたらジプシーのこと。 ちなみにジプシーという呼称には差別的な意味合いが含まれていると調べたサイトに載ってました。


彼らは国や定住地を持たない民族であり、ユダヤ人と共に虐殺の対象になりました。 彼らが虐殺の対象になった事が認められたのは比較的最近のことらしい。 ユダヤ人はイスラエルがあり、ユダヤ人人権団体など政治的にも強く発言権があり、第二次大戦後すぐに事実を認められて補償を受けることができた。 それに比べて母体がないロマに対するジェノサイドを西ドイツ政府が認めたのは1980年代とのこと。 モニュメントの池の真ん中には、三角のプレートがあり、これは強制収容所でつけなければいけなかった三角のバッチから来ており、またプレートの上には毎日花が1輪捧げられているということです。



そして最後にチェックポイントチャーリーに行ってきました。 この場所は映画にも出てきたり、有名な場所で来れて良かったです。 ベルリンは、ソ連とアメリカのほかに、イギリスとフランスにも占領され、実質4つに分割されていた。 このチェックポイントはソ連とアメリカの境に建てられたものです。 同じブロックにマクドナルドとケンタッキーフライドチキンがあり、アメリカを象徴しております。

近くにミュージアムがあり、遅い時間でしたが駆け足で30分間展示を見てみました。 ここでは、東から西にどのような方法で渡ったかという展示がありました。 トンネルを掘ったり、スーツケースの中に入ったり、また気球で渡った家族の話もありました。 

展示の最後の方で宗教についてのエリアがあり、そこに各国の言葉で平和について書いてある展示がありました。 残念ながら時間がなく長く見れませんでしたが、飛び込んできた日本語で書かれている言葉に感動したので書いておきます。 

“己の欲せざるところは、人に施すなかれ”

これは至極当たり前のことですが、今日いろいろな展示を見た後なので深く考えさせられました。 もちろん、展示を全て英語で読んでいたので、日本語が入りやすかったというのもありますが。





まとめとなりますが、ドイツと同じ敗戦国の日本もアメリカだけの占領ではなく、ソ連も含めた分割統治になる可能性もあったと聞きます。 そうなっていたら、ドイツのように国が分断される形になっており、ベルリンの壁にまつわる不幸な話も日本で現実になっていたでしょう。 またシンティ-ロマのケースのように、定住地を持たない民族が差別され、迫害された歴史を見ると、いかに日本という領土があり、そこに住むことが当たり前となっている日本人が恵まれていることか。 海外にいると、日本の良さ、また日本人がいかに恵まれているか感じるケースが多いですが、今回もベルリンで強く痛感しました。


ちなみに、今回タクシーに乗ったのですが、運転手は出身がトルコとガーナの人でした。 2人ともドイツ語と英語、そして自身のルーツの言葉この3ヶ国語を話します。 長く話したわけでは無いですが、移民の強さを感じました。 トルコ出身の運転手は、両親がトルコ人で本人はドイツ生まれと言ってました。 しかしドイツでは外国人、トルコでも外国人と見られることがあると言ってました。 僕の子供たちと同じ境遇であり、アイデンティティーの拠り所が難しいと思うと同時に、今後はもっと国際化が進み、国単位で区別しない方向に向かうことを期待します。 
冷戦はナショナリティーがベースになっており、その後、冷戦の終わりやインターネット等の普及により国際化が進み、国境の線が薄くなったと思いました。 しかし、コロナの影響やアメリカなど大国の孤立主義により、世界が再び国単位の感覚に戻ってしまったと思います。 これは残念なことです。

長くなりましたが、久しぶりに歴史に触れることができ、充実した時間でした。

追記ですが、
兄がすごい前にベルリンに来て、ベルリンの壁のカケラをお土産として買ってきてくれました。 当時は若さもあり、苦難があったベルリンの壁を売り買いするのはいかがなものかと考えていたわけです。 今回もベルリンの壁の前で若い子がふざけて写真撮ったりしていて疑問に感じないわけでもないです。 ただ、それは些細なことなんだなと、本当に大事なのは、いかようにしても歴史を忘れてはいけないということなんだと考えさせられたのも事実です。
兄に数十年遅れてのベルリン訪問です、お兄様、私が間違っておりました。

さらに追記
翌日の10月2日に書いてます。
お客さんの車に乗せてもらいオフィスに行く際、またタクシーで空港に向かう際、ヒトラーのゆかりの地を通る。 ここにヒトラーがいて指揮してたんだと言うような話は新鮮だった。 まだまだ行きたい場所は多いな、と。
行きたい場所、と言えばケネディ大統領が演説したシティーホールには行きたかったな。 ケネディの演説の中でもトップ3に入るくらいの演説で、孤立する西ベルリンの人達を励ます最高のスピーチをした場所に、次回来ることがあれば行ってみたい。

明日の10月3日は、ドイツの休日。 Unity Dayといって、西ドイツと東ドイツが1つのドイツになった日。 西と東の分断のことを思い巡らせた中、何というタイミング。 
これも調べて分かったこと、ベルリンの壁が崩壊した11月9日が休日になっても良いかと思ったら、ドイツでは11月9日は歴史的に色々なイベントがあった日。 ユダヤ人に対するポグロムがあったのもこの日(1938年)で負の部分があるため、政治的に統一した10月3日(1990年)が正式な休日となりました。
今日ドイツを離れますが、1日と言う短い滞在で少しだけ歴史を学べました。


今年は雨が多く心配でしたが、見事に桜が咲きました。 良かった良かった。
合わせて、周りをウッドチップにしてキレイにしました。 やっと庭のようになったかな。