3 | 浴室

「あちら立てればこちらが立たぬ」
とはよく言ったもので、そんな日々を過ごす今日この頃。

夜のお仕事が上手くまわるようになれば、もう一つの仕事、愛人の仕事が上手くまわらなくなってくる。


「――どうしたの?眠いの?」
ふいに出た欠伸を慌てて手で隠したその時を、運悪く見られて、何か当たり障りのない言葉でやんわりと謝罪をしたような気がする。

――あれ、今わたし何しているんだっけ?

急に自分の置かれた立場を認識し始める、目の前でゆらゆらと生まれては消える煙草の煙がわたしの視界を曇らせては、思考を鈍らせる。

――店だとこんなんじゃないんだよなあ。

1人心の中で呟いては見るが、声に出しては勿論言えず。
わたしのスポンサーさんは、わたしの夜の顔を知らない。
どちらのキャリアが長いかというと愛人職で、スポンサーさんと出会ったのは、まあ、色々なご縁で。
スポンサーさんは夜の社会にはあまり興味がないみたいで、店で会ったことは一度もない、今のところは‥だけれども。

店で学んだことは沢山ある、けれど、そのテクニックを全て使えばおかしいと思われるだろうし、そもそも愛人なんて「偽」恋人のようなものだろうから、あまりにも接客接客してはいけない気がする。

さじ加減が難しい。

仕事なのかプライベートなのかの境界線が曖昧になって、どのわたしを出せば良いのか判らなくなる。

つまり、テクニックの副作用。

最高のわたし―――シャンデリア、薄暗い部屋、煌びやかな衣装、絵画、、争うように競って美しさを見せびらかす女たち、その全てが出せる最高のわたしを誘う。
――そんな魅力が、あの場所にはある。


「――ねえ、どうしたの?」

目の前にはスポンサーさんの顔、怪訝そうにわたしを見つめている。

煙草も短くなっている、吸わずに、ただ燃えていった残骸の灰が、灰皿の中で蓄まっていた。




反省していたはずなのに―――




―――――悪循環。