『ただいまー』
太郎は部屋の灯りが薄暗いのを 不思議に思いながら、家の奥へと声をかけた

おかしいな?出掛けたのかな?

太郎が部屋に入ると月子が 座り込み、うなだれている。

『どうしたんだ?灯りが暗いぞ?』

月子が反応鈍く 顔を上げた。涙で顔も 髪の毛も濡れている。
『あなた……もかを、もかを……や・山へ返せって、返せって先生が……』

月子の話は こうだ。もかは野生の野うさぎ。人間と共に暮らせない。暮らしてはいけない。法律でも決められている。品種改良されたペットのうさぎとは異なる 野生の本能が強いのだ。もかの幸せの為には山へ返すべきだ。

月子は静かに泣きながら つぶやいた

『でも 山には狐も居るわ。カラスだって、鷹だって居るわ。食べられちゃうわ。もか まだ子供なのに、大人になれないかもしれないわ。』
太郎は掛ける言葉も見つからず、月子の細い肩を抱き寄せた
もかは そんな2人の周りを くるくる回って月子の背中に頭をすり寄せた。

月子は、毎晩 今まで以上に もかに語り掛ける日々が続いた
もかは無邪気に走り回り ジャンプをし、牧草も沢山食べて毎日を過ごした。

何日が過ぎただろう。秋雨の涼しい夜だった
月子は もかの頭を撫でながら独り言のように語り出した
『ねえ?もか……お山で暮らせる?毎日お天気が良い訳じゃないのよ?こんな雨の降る日もあるの。もか、濡れちゃうわ。寒い思いをするわ。お母さん もかを守ってあげれない…………』
月子はあふれる涙を拭わなかった。
もかは丸い黒い瞳で月子を見つめてる
長い耳がピクッと動いた。

太郎は毎晩 隣で月子がうなされるのを聞いていた
『もか……もか……』月子の頬は毎晩 濡れていた。

もう山は色づき始め風も冷たく、秋が色濃くなってきた。

月子と太郎は悲しく不安な決断をするしかなかった。
もかが暮らすには、もう月子達の家ではダメな事を 月子は認めざる得なかった。走り回るのも
ジャンプするのも
もかの身体は広い自然に合わせて造られていた。
月子達との暮らしの中では もかの身体には無理がある。

ある日の夕方。月子と太郎は 山の奧に立っていた。バックを開けた『さよなら もか』 もかは顔を出した。耳がピンと立つ。生まれた山の匂いを確認するかのように鼻が動く。その瞬間 もかは飛び出した。木々をすり抜け見えなくなった。
月子と太郎を三日月が照らしていた。
さよなら もか……