あまり言いたくはないのですが…。
神風特攻隊に、海軍兵学校の出身者はほとんどいない

神風特攻隊の「編成」をよく見て下さい。
確かに栄えある第一号は、形としては関行男大尉は「海軍兵学校」出身者です。
(その前に予備学生の久納好孚 海軍中尉がいます。久納中尉が第一号とも言われます)

しかし…。
実は神風特攻隊というのは「海軍兵学校」出身者は意図的に相当に除外されていたそうです。

「海軍兵学校の卒業生は温存してなるべく戦場に出さない様にしていた」という事が、戦後に発刊された海軍兵学校の機関誌に書いてありました。

海軍兵学校のモットーは、「指揮官先頭」「率先垂範」なのに…。

全特攻隊員のうちの「海軍兵学校」出身者は5%位でしょうか。
この5%の方達の偉勲は、日本人ある限り語り継ぐべきものです。
ただ、個人がどうこうという、そういう話をしているのではありません。

特攻隊として出撃した勇士の多くは、「海軍兵学校」出身者ではなく、一般の大学から徴用された「予備学生」等の人達。

大変言葉が悪いですが、抜き差しがたいエリート意識に固まった「海軍兵学校」出身の指導者達は、一般から来た予備学生に海軍の軍服を着せて海軍軍人だと褒め称え、その実「嫌なもの」を「予備学生」達に押し付けた、と言えなくもないと思います。

※ただ、私が大変尊敬する海軍軍人の先生方で、海軍兵学校出身にして特攻隊に志願された方達は何人もいらっしゃいます。
そういう方達の御前に出ると私は、直立不動です。心から尊敬していますので。

ここで論じているのはあくまで、海軍兵学校出身にして「自分は行かないクセに、部下に特攻を命じた海軍上層部」のお偉方の話です。

「海軍兵学校出身にして、特攻志願した方達」の話ではないです。