再婚で同居するにあたり、家の中のモノは、すべて新調するとお金がかかるから、できるだけ今までのものを使うことにしようということになっていました。


ただし、私から彼には、「基本的に私が持ってくるから、ほとんど要らないからね」
とお願いしていました。


同じ立場の知り合いから、「念には念をおして言っとかないと、男はわからないから平気で先妻さんテイストのものを新居に持ってくるよ」と聞いていたからです。

結婚して一緒に住む家を女性が「巣作り」して作っていく…。
私も、新居を出来る範囲で自分の好みにしていきたかったのです。
それが楽しみでした。
ただし例外として、オーディオ関係の機器や彼の趣味のものなどは、彼が持ってくることになっていました。彼の衣服関係もそうでした。

そんな時、何気なく彼に言われました。
「気に入っていつも使ってる萩焼の徳利とお猪口は持っていきたいんだけどいい?」

私は萩に行ったことがなく、でも萩焼には良いイメージを持っていたので、特に気にせず、「もちろんいいよ」と答えました。
入居後も特にそれをしげしげ見ることもなく、彼の持ってきたピンクに近い肌色の萩焼の酒器は、私の新しい食器棚に、他の食器類と一緒に収まっていました。

数ヶ月たった頃、焼き物の話をしていた時だったでしょうか、
彼はちょっと得意というのでもなく、微妙な表情で、そのお猪口について、いやにハッキリと言うのです。
「あのお猪口はね、あれは良い物なんだ」
と。
「え?何?あの徳利?」
「いやお猪口の方」
「ふーん。そうなの」
私は彼がその話を続けるものだと思っていました。
でも彼が言ったのはそれだけで、あとは何もなしです。


別な時、車に乗っていて、また何の話をしていた時だったか、彼がしみじみ言いました。
「あのお猪口はね、あれは良い物なんだ」


今度は私が、
「前もそう言っていたね…。
あのお猪口は、どういうものなの?

あなたが買ったの?

それとも、誰かからの頂き物とか?」

すると彼は急に押し黙り、
「いや別に。
…家にあったものだよ」

その後、同じようなことがあったので、とうとう私も、
「ねえ、あのお猪口のこと、あなたはよく、良い物だ、良い物だ、と言って、それで私がどんなものか聞くと、急に怒ったみたいになって黙ってしまうよね…

何だか私、変な気持ちがして、いやなんだけど…」
と言ったんです。

彼は、なかなか言ってくれなかったけれど、最初の結婚で新婚の頃、家にその酒器があるのを彼が見て、これどうしたの?と亡くなった先妻さんに聞いたと話してくれました。
「飲めないくせに、買っちゃった(笑)
このお猪口の方は高かったのよ」
若き先妻さんは言ったのだとか。


それからうん十年、彼はその酒器を気に入って使っていました。


でも先妻さんが亡くなって、いろいろあって、私と出会って結婚することになって、
私に言うと、捨てられると思って言わなかったのだ、と彼は言いました。


「言ったら処分したでしょ?」
と彼。
「そうかも


でもそれって、その話はかくして、『持ってきていい?』とだけ私に聞くっていうのは、私がわからなければいいと思ったことだとしたら、ひどいな」
「ごめん。でも言ったら捨てたでしょ?笑」
「うーん(捨てたよ)
でもやっぱり、捨てられたら困るのは、それが先妻さんが買ったものだから、なのでしょ?」
「そうだ」

自分がやきもち焼きなのは否めません。

でもやっぱり、だまって知らないふりして毎日その酒器が食器棚にあるのを見るなんて、私は我慢できません。

しかしそれも、1年前くらいのことかな…。
その後、私は彼に、

それなら一緒に萩に旅行して、一緒に新しい酒器を買ってほしい。
二人で萩焼をたくさん見て、二人の新しい思い出を作りたい!

と言いました。

彼は、「いいよ」とぱっと笑顔になってくれ、突如萩へ旅行にいくこととなりました。
萩はとても良いところで、二人で自転車を借りて窯元を回りました。
そのときあったクーポンをぜんぶ奮発して使って徳利と、お猪口を二つ買いました。

今、我が家の食器棚には、その時に買った新しい萩焼の白い酒器が鎮座しています。


そしてその奥に、亡き先妻さんが若い頃に買った徳利とお猪口も、落ち着いた美しい色合いでひっそりたたずんでいます。


たまにそれらをちらりと見る時、やはり私はこれらを捨てることは出来なかったな。
でもそれで良かった

…と思います。


先妻さんの選んだ萩焼は確かに素敵なのです。

もうこれを彼は買うことができないのですよね。


私、あの時、すごく怒ったけれど、今は不思議と気にならなくなりました。(たぶん)

私も焼き物は好きだから。

良い物だから。


いや、でも本当には、

夫の私への優しさに感謝したからです。

まさかそこまでしてくれるとは思わなかった。


ありがとう、夫よ。


今は先妻さんのその酒器に対し、

「そこにいてもいいよ」という気持ちなのです。



「使いづらくなっちゃったじゃないか…」

と夫は言いましたが。


ふふふ、ごめんね、夫よ。

いろいろごめんなさい

本当にありがとう。