転職・狂詩曲(テンショク・ラプソディー)〜はじめての転職の巻〜

 

「姿勢が悪いんじゃ、姿勢が! 後ろにもたれるな! しゃんと立て!」

 

 僕はパソコン売場で働いていた。あれ、おかしいな……レンタル&本屋に転職したはずだったのに……最初は、とにかく怒られてばかりのスタートだった。

 

 転職する前はコンビニで社員として働いていた僕は、新入社員として京都へ帰ってきた。東京のレンタル&本屋に転職して、東京で働けると思っていたにも関わらず、勤務地は予想外にも、京都になってしまったのだ。

 

 新規事業部に配属されてしまったのだ。パソコン販売&ネットカフェの全国展開を目指している事業部の拠点が大阪にあり、その為、配属が関西になってしまったという訳だ。

 

 コンビニ出身だったので、パソコンを売った経験は全くなかったし、飲食店で働いた経験もなかったので、当初はカフェ内での接客にもとまどいがあった。更にカルチャーショックだったのは、開店前に行われる朝礼や、閉店後に行われる終礼だった。(24時間営業では、開・閉店業務がないので)一番嫌いだったのは、朝礼や終礼で行われている1分間スピーチだった。スピーチ自体慣れてないし、めんどくさいな……と思っていた。しかし慣れてくると、それがだんだん平気になってきて、今度は逆に……ないと気持ちが悪いと思うようになり、やがては、その環境に順応していくものだ。

 

 最初の1ヶ月ぐらいは、前職との違いに驚かされるばかりで、新しい知識を吸収するのに忙しくて、改善案を考えたりするほどの余裕はほとんどなかった。しかし、いったん、前職との仕事の違いを理解し終えると、そこから先が転職組の腕の見せ所という事になる。

 

 毎日の業務に慣れてから、ふと疑問に思うようになったのが、陳列が非常にわかりにくいという事だった。リサーチで専門店の陳列を見に行く事はあったが、工夫されていると思った事は、ほとんどなかった。僕はパソコンサプライ売場担当になった。パソコンサプライ売場とは、各種接続ケーブル等、関連アクセサリーが陳列されている売場の事である。そこで、これをチャンスであると捉え、思い切って並べ方を、それまでのメーカー別陳列から、使用するシーンや用途に合わせた関連陳列・提案陳列に、ガラッと並べ変えてみせた。また、パソコンソフト売場は、それまでは統一性もなく、適当に新作が並べられているだけの売場だったが、そこにコンビニの催事陳列の考え方を導入し、テーマに合うソフトを集めてPOPを作り、関連陳列を充実させる事によって、買い上げ点数のアップを図っていく事にした。コンビニ業界なら当たり前で珍しくないノウハウだが、現時点では、この会社には、そのような他社のノウハウが全くないと思ったからそうしたのだ。

 

 僕が変えた売場は、本社から上司が見学に来て絶賛され、急に販売数が2〜3倍になる商品も現れるようになった。「やればできる! これが転職組にしかできない仕事だぜ!」これからが、まさに正念場……と、思い始めた時に、店長から、店舗の異動を告げられた。

 

 今度はもっと広い大型店である。売上も高い。更に職責は、サプライ売場担当兼任ネットカフェ担当にもなった。責任は重くなったが、自分をアピールするには、もってこいの環境になったと思った。

 

 最初に気づいたのが、ここでもやはり、陳列がメーカー別陳列になっていたという事。しかも売場スペースは、以前にいた店舗より、3倍以上は広く棚の段数も多い。しかし、前職で新店のレイアウトを作ったり、棚替え作業を頻繁に行っていた僕にとって、商品の並べ替え作業は、得意中の得意。僕はレイアウトと棚割りを独自のアイデアで、使用目的別、用途別に並べ替えるとともに、これは売れると思った商品は、単品で大量に発注して積み上げて陳列するという、コンビニなら当たり前のやり方で、これまでとは全く違う売場を作り上げた。そうしたところ、年末商戦でサプライ売場全体で目標予算が100万円だったところを、結果的には220万円以上売り上げる事ができた。更にネットカフェでは、当初は、解凍したケーキと常温のワッフルのみだったフードメニューの売上を上げる為、高級アイスクリームもカフェ内で販売する事を思いつき、仕入先の業者を探してきて、打ち合わせの段取りを決めるところまで仕事を進めた。自分が来る前と、来た後では、さまざまな部分が進化している状態にまで、改革を押し進める事ができたという自負があった。

 

 そんな未来の明るい兆しが、やっと見え始めてきたか……という矢先に、無情なお知らせが、社内ネットワークの中の「掲示板」に表示されていた。なんと会社の方針として「パソコン販売&ネットカフェの事業から撤退する事が決まりました」という……信じられないお知らせだった。

 

 僕が働いていた店舗は、社内でパソコン部門売上ランキング全国1位の記録を、ずっとキープし続けていた店舗である。しかし、全国の他のパソコン売場併設店は全く売れてなくて、事業継続が困難な状態に陥ってしまっていたようなのである。

 

 転職組だった自分としては、まともに他社と戦っていくようなノウハウが、まだ社内に存在していないという事に、うすうす感づいてはいた。しかし、だからこそ、それを自分が、これからパイオニアとして盛り上げていく……と決意して、日々奮闘していた矢先での出来事である。

 

 僕は、人事異動でレンタルビデオのバイヤーとして本社に異動する事が決まってしまった。大企業への転職はリスクがあるのだ。必ずしも自分のやりたい仕事のある部署に配属される訳ではないし、また、今の仕事をそのまま続けたいと思っていても、社内事情で、意に反した配置転換が行われる事もある。

 

 転職は、宝くじのようなものなのかもしれない。圧倒的に外れる事の方が多い。もちろん、当たる事もある。年収アップする転職もある。しかし、その一方で、ハズレる転職、年収大幅ダウンの転職、1年後にはクビ? ……になる転職も、どれだけたくさんある事だろう? 

 

 転職の広告に出てくるのは、美味しい話ばかり。転職希望者も、嘘で経歴を盛りすぎて、入社後にミスマッチが起こる場合も、現実的には多いのかもしれない。本人がよっぽど努力しなければ、現実的には外れる事の方が多いのかもしれない。しかし、僕は転職する事を否定はしない。失敗する事によって、そこから学ぶべき事は、非常に多いと思うからである。転職を考える場合は、あらかじめ外れるかもしれない……という事を覚悟して、それでも転職したいのか? 問いかけてみる必要があると思う。慎重に判断する必要があると思う。そこまでして十分に覚悟してからチャレンジした転職なら、外れる確率をかなり減らす事もできるだろう。しかし、そこまでして決死の覚悟で臨んだ転職でも、コロナウィルスのような外的な要因で、失敗してしまう可能性もある。転職が、成功なのか、失敗なのかを決める要素の中には、自分では全くコントロールできない不可抗力も含まれている。それでも、未来に希望が感じられる転職なら、迷わずチャレンジし続けてみるべきだ。自分から諦める事さえしなければ、それでも人生に失敗はない。

 

「人間万事塞翁が馬」という諺がある。ある職場でもし大失敗をしたとしても、その失敗から得た教訓を活かして、別の職場で成功すればいいだけの話だ。人生に失望してしまい、チャレンジする事を諦めてしまう人生の方がよっぽど寂しいと考えている。