今日10月10日は、大好きな祖父の40回忌。

 

祖父は、私が最も尊敬する人物です。

 

第二次世界大戦後、満州から家族や満鉄の部下を連れて広島に命からがら引き揚げて来る途中で2歳の愛娘を亡くし、その10数年後には、最愛の息子である私の叔父を20歳という若さで(殺害され)亡くしました。

 

今朝、導かれる様に入ったお花屋さんで導かれる様に購入した麦の穂。

これは私は一度も会ったことのないその叔父が愛して止まなかった植物だったそうです。

亡くなった後に、叔父が記した沢山の詩が出て来たそうで、とっても繊細で芸術的な感性に溢れた人だったそうです。

 

たまたま祖父の命日にその麦の穂を手にし、たまたま行ったお店が、叔父の亡くなった年である昭和37年にオープンしたというレトロな喫茶店。そしてたまたまその場所は、叔父が殺害された現場のすぐ近く。

 

この出来事、なんだか、祖父と叔父が私の近くにいつもいるよ!というメッセージを発信したかったとしか思えない1日となりました。

 

それもそう。

正義感に溢れる叔父は、その正義感故に事件に巻き込まれ命を失ってしまいました。

残された祖父祖母の深い悲しみを想うと、なんとも言えない感情に苛まれてしまいます。

そんな苦悩を乗り越え、私達に命を繋いでくれた祖父母、母を想うと、今私が抱えている問題なんてほんのミクロの世界だなと思えます。

こんな事位でくじけそうになっている自分はまだまだだな、と。

 

まさに、強い正義感故に、私も沢山の失敗を重ね、近々で起こってしまった事件も正義感が引き起こしてしまった事件です。

 

今日の流れは、絶対に叔父と祖父が私に何かを伝えたいに違いない!そう思えるような出来事でした。

 

自分で事業をしていたら、理不尽なことに沢山出くわします。

また女性だからということで、足を引っ張られると感じることも沢山あります。

 

でも、その理不尽さに真っ向勝負で戦おうとするだけエネルギーの無駄使いであり、愛する誰かを悲しませる結果にもなりかねない。

そんなことを感じました。

 

どんな時も自分ひとりで生きていないという事。

正義感を振りかざすことは、ある意味自己満足で終了、その先に繋がらない行為なのかもしれません。

愛する家族、友人たちによって生かされている、という謙虚な気持ちを持つことも大切なのかもしれません。

 

もっとしなやかに、おおらかに、心を広く

視野を広く、未来の先を見据えた行動が、長い目でみて、自分も周りも幸せになっていく、ハッピーアクションになるのなら、

そうしたい、そんな生き方をする方が私のしたいことだと強く感じました。

正義感を振りかざして自分が盾になってアグレッシブに生きるやり方よりも、ずっとやりたいことだしチャレンジしたいこと。

なかなかハードルは高いけど、そんなやわらかい女性へと進化したいと思います!

 

祖父の命日にて、色々な気づきを頂きました。

 

全ての現象は一つの物語に繋がっている。

 

今日もありがとう。

笑顔溢れるイブニングをお過ごしください。

 

Mahalo!