更新おそくなってごめんなさい(:_;)
今日書くのは授業で学んだ政治学について。
東アジアの近現代史について学んだのですが、
ここで挙げられていた例についてお話しようと思います*
エルサレム賞授賞式での村上春樹氏のスピーチ(・・。)ゞ
以下引用^^
『高く、固い壁とそれにぶつかると割れてしまう卵はあれば、私はいつも卵の側に立つ。...
私たちはそれぞれが多かれ少なかれ、卵です。
壊れやすい殻の中に包まれたたったひとつのかけがえのない魂です。
私もそうだし、あなた方一人一人もそうです。
そして、私たち一人一人は、程度の差こそあれ、高く固い壁に直面しています。
壁には名前があります。
《システム》です。
システムは私たちを守るはずのものですが、時にそれ自体が命を持つようになって、
私たちを殺し始め、さらに私たちに他者を殺させ始めるのです。
冷酷に、効率的に、システィマティックに。』
このスピーチでは、卵
というメタファーで人とシステムを表現してます*
教授は
「卵と壁」を
「歴史の語られ方そして排他的ナショナリズム」
と捉えていました。
歴史をめぐる対立への対処として
排他的ナショナリズムの負のサイクルを終わらせる必要がある、と*
(排他的ナショナリズムとは他国に本質的な問題があるとみなす考え方のことです^^)
「東アジア」地域の枠組みの未完成さがもたらした相互理解の欠如
これが要因のひとつだそうです。
自分を守るためにつくられたシステム=排他的ナショナリズムという考え方
守られるためにつくられたシステムが
立場を変え、システムを守ろうという動きにもなりうる
自分が一体何を守ろうとしているのか
何に守られているのか
考える必要性を感じました^^
Yoko







