古民家での「伝説の生き物」探しのエピソード、3回目の今回は(おそらく)最終回、1人の男の子が想像・創造した「花つむり」を紹介します✨
たくさん「伝説の生き物」を描いていく中で、彼は「見たものに目を描く」でも、「名前の語を繰り返す」でもない方法で、伝説の生き物を表現したのでした✨それが、この「花つむり」🌼
◯「花つむり」について
「花つむりは、生まれた時に色が決まっているの。世界中を回って、同じ色の花を育てる力があるんだ。世界中にある、自分の身体と同じ色の花を大きく育て終わったら、お母さんは赤ちゃんを産んで死んじゃうの。赤ちゃんから生まれるこどもは、生まれるまで何色になるかはわからない。そして、今度はそのこどもが新しく、世界中を回って同じ色の花を大きく育てていくんだよ。」
彼は、「花つむり」について、このように説明をしていました✨
花を育てる力、世界に1匹しかおらず、代々受け継がれていくという〝民話〟的な語りを生み出したこの子の感性に感激‼️
見たもの・知っているものを組み合わせて新たなものを生み出す力ー。ブルーノ・ムナーリは『ファンタジア』(2006年)の中で「ファンタジアとは、これまでになかった新しいことを考えださせる人間の能力である」と定義し、「ファンタジアの豊かさは、その人の築いた関係に比例する」と述べています。この子はきっとこれまでに、人や自然、モノ、物語などとの間で様々な知識との間に「関係」を築いてきたのだろうなぁと思いました✨
・カタツムリの生態…ゆっくり歩くんカタツムリだからこそ、世界を回るという途方もないプロセスの中に生命の輝きを感じる。
・様々な色の花…「たんぽぽ」や「さくら」などオーソドックスなものしか知らなかったら、「花つむり」はすぐに絶滅してしまうだろう。
・自然の摂理と支え合い…花は様々なものの力を得ながら育つこと。それ単体では育たないこと。生命は互いに支え合っていること。
・「伝説」という特殊性、希少価値の感覚…「この世に1匹しかいない」ことで、「伝説」という雰囲気を醸し出している。
・生命を繋ぐということ…親は子を産んだら死んでしまう。実際の生き物でも、このような形で種の存続を行なっているものがいる。
…あげればキリがないですが、これまでの人生の中で積み重ねてきた様々な体験や知識、それらと自分自身との間で育んできた関係を総合し、「花つむり」という新たなものを想像・創造した彼は、まさに豊かなファンタジアを持っているのではないか。そんなふうに思いました✨
◯まとめ〜「飾るため」に描くのではない。「発表するため」に語るのではない。〜
伝説の生き物を探して表現する活動全体を振り返って感じたことが2つありました。
1つ目は「飾るため」に描くのではないということ。飾るために描く場合、「上手-下手」「丁寧-雑」「綺麗-汚い」などの二項対立に陥りがちです。
そうではなく、描いて可視化することで生まれていく対話や民話的な物語創り、友達が見つけた誘い合うという関わり合いまで含めて光をあてるべきなのだと思います✨
「描く」がゴール、飾って終了ではなく、それがきっかけとなり、そこから生まれるものまで含めて捉えてみようという視点を持つことで、きっと見えてくること、生まれてくるものがあるはずです💡
2つ目は、「発表するため」に語るのではないということ。
今回は「伝説の生き物」を表現したあとで、それを発表する時間を設けました。
その際、私は「こどもたち、緊張しないかな?」「いきなり発表といっても難しいかも知れない」と、つい「うまく人前で発表できるかどうか」ということを前提に考えてしまっていることに気付きました。
けれど、そんな私の心配をよそにこどもたちは自分が描いた伝説の生き物についてキラキラした表情で語っていました。
そして、「ファシリテート」などするまでもなく友達の作品を観、「発表の仕方」の雛形など提示するまでもなく「この生き物可愛いね!」「この部分が体温計みたい!新しく体温計の伝説の生き物を描きたい!」などと自然で温かな言葉を伝え合い、促すまでもなく「他にも伝説の生き物を探しに行こう!」と誘い合って出かけていったのでした😳
みんなを集めて司会が進行し、発表するこどもが前に出て、決められた発表形式の言葉で伝える…じゃない、もっと自然な形での関わり合いを生み出していくこどもたちの力に感動しました。
そして、本来こどもたちはそういう力を持っているにも関わらず、ついつい「話し合いの仕方を教えなきゃ!」と型ばかり意識してしまい、本来こどもたちが持っている力と引き換えに、お節介にも「こうあるべき」というフォーマットを伝えなきゃと一瞬であっても考えていた自分が恥ずかしく情けなくなりました。
もちろん形式があることで安心できる場合があるため一概に「全て取っ払ってしまえば良い」という単純な話ではありません。そういう伝え方、聞き方を学ぶことにも大切な意味があります。
ただ、その一方で、「話す人は1人、あとは聞く人、音声言語で伝え、最後は必ず全員拍手」のような「発表」のフォーマットに当てはまらない、ある意味混沌としつつも語り合っている瞬間にも大切な意味があるんだよという視点だってあって良いのではないかと思いました😌
以上、長くなってしまいましたが、ワークショップのレポートと振り返りでした📝
今回学んだこと、発見したこと、反省したことを生かして、これからもこどもたちや地域の方々との活動を考えていきたいです✨