前回は、私が子どもたちとのかかわりについての記録を書くようになったきっかけについて投稿しました📝
今回は、私が即興的な物語創りに関心を抱くようになったきっかけについて書いていきたいと思います😊
こちらの事例は、その性質上少しぼやかし、細かい内容を変えていきますが、大まかな筋はその通りにしていきます。
私は学生時代に放課後の子どもたちとかかわってきましたが、
その中で、クラスに入ることが難しい男の子(仮に、裕太くん)とマンツーに近い形で意識的にじっくりとかかわったことがあります。
当初、私はどのように裕太くんとかかわりを築けば良いか悩んでいました。
しかし、彼が絵が得意であることを知ってからは、毎回白い紙を用意して即興でサラサラとポケモンや漫画のキャラクターを描き合うというかかわりを築いてきました。
ある日、面白いことが起こりました✨
裕太くんが珍しく、キャラクターではなく人間(おばあちゃん)を描いたのでした😳
「おや、これは面白い展開になりそうだぞ😁」
私はすかさず、「おぉ、ばぁさんや!今日も良い天気じゃのう!」などと話しながら、
彼が描いたおばあちゃんの隣に、おじいちゃんの絵を描きました✏️
裕太くんは大喜び!
「オレは海に釣りに行くぜぃ!」と言いながら、お父さんの絵を描いてくれました^ ^
そんな彼に対して私は「あんまり遅くなるんじゃありませんよ〜!」などと言いながら、お母さんの絵を描きます。
その後、相互に絵を描き物語を話す中で娘や息子が生まれ、やがて娘はギャルに、息子はヤンキーになっていきましたΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
はちゃめちゃになったり、荒れたり、それでも繋がっている。
産まれたり死んだりを繰り返しながら何気なくない日々が生まれてゆく…。。
裕太くんが「伊藤んち」と命名した1つの家族の物語は、彼が体験してきた家族なのでしょうか。
それとも彼が求めていた家族像なのでしょうか。
一緒に絵を描き合う日々が続き、彼は少しずつ大きくなっていき、やがて卒業式の頃にはクラスに入ることができるまでになりました✨
交互に絵を描き合い、物語を紡ぐという共通のゴールに向かうためには、
相手の言葉に、相手の心に意識を向ける必要があります。
そして、相手と全く同じ絵を描くのではなく、
呼応するような絵、呼応するような物語を語ることが大切になります✨
物語の結末は誰にもわかりません。
「裕太くん自身が投影されていくだろう」と目論んで私が描いた男の子は、見事にヤンキーへと成長させられてしまいました笑
けれど、それを「どうして勝手なことするの!」と怒るのではなく、
予想外を楽しみ、物語の成り行きを楽しむような構えがあることで、物語には生命が宿り、互いに物語を創るプロセスそのものが意味のある時間になります😊✨
裕太くんとのかかわりを通して、私は
「即興的なかかわりだからこそ、互いが互いに意識を深く向けることができ、深い共感状態が生まれるのではないか」
と考えるようになりました。
現在、子どもたちとのかかわりやワークショップでローリーズストーリーキューブスを使った即興的な物語創りを行っています。
その中で「面白い!」と感じる要素の一つとして、この深い共感状態があるのではないかと思っています✨
アニメーター=子どもたちの遊びに生気・魂(アニマ)を吹きこむ立場の人間として、もっともっと研究していきたいです( ^ω^ )
そして、このような私の目標をつくってくれた裕太くんに感謝です!