アニメーター(遊びに生気を吹き込む人)になるという目標と、学生時代の「即興的・偶発的に生まれる遊び」への関心、そして最近ハマっている「共創造的な物語創り」の活動をより形にするために、やってみたいことのビジョンを朧げながらですが抱いています😊
今回は、やってみたいことの1つ目を紹介したいと思います✨
⭐️やってみたいこと①…ワークショップ
カードは五十枚ほどのボール紙の小片に新聞や雑誌から切り抜いたいろいろな絵や写真をはりつけたものである。これらの絵写真の読み方はいつやってもちがうものになる。というのは、カードの一枚一枚がひとつ前のカードと結びつくためには、自由な連想によるか、とにもかくにもファンタジーのあそびによるしかないからである。アニメーターは子どもたちの輪のまん中にすわって、ひとりの子どもに一枚のカードをでたらめに選ばせる。その子がそのカードについての解釈をみんなの前で述べる。これがみんなでつくる物語のはじまりとなる。
その子の説明は白紙の上に物語の冒頭の部分を描き出す役目を果たし(絵カードを選んでもよいし、はり絵カードを選んでもよい)、つぎの子にひきつぐ。つぎの子はあらたに選んだカードを自分なりに解釈して前の話をに結びつけ、さらに話を発展させながら、その絵またははり絵を前のものの横にならべる。同じようにして最後の子どもまであそびが継続し、最後の子どもは物語をしめくくる任務を果たす。でき上ったものは参加した子ども全員によって描き出された長い絵物語となり、子どもたちはそこに自分たちみんなでつくった物語をもう一度目で読みとることができる。
(『ファンタジーの文法 物語創作法入門』ジャンニ・ロダーリ著/窪田富男訳/1990年/筑摩書房P.144より)
長い引用になってしまいましたが、ロダーリが「フランコ・パッサトーレ、シルヴィオ・デ・ステファーニス、アヴェ・フォンターナ、フラーヴィア・デ・ルーチスの共著『ぼくは木だった(きみは馬だった)』(グァラルディ社、ボローニャ、1972)の中の「学校を生かすための四十余種のあそび」という章」に書かれていた実践を引用しているのが上の一文になります。
まさに今、子どもたちと地道ながら行なっている実践の中で使っているいくつかのグッズと重なります✨
ただ、子ども同士でも十分面白いのですが、ここに大人が入ったら、その中で寧ろ大人の側にたくさんの学びが生まれるのではないかと思っています😊
次にどのような展開が訪れるかわからない不確かさに満ちた即興的・偶発的な物語の中で、大人は「教師」、つまり「既に『正解』を知っている存在」としてかかわることができなくなります。
そもそも結末が決まっていないのですから、子どもの語りを「それは違うでしょ!」と切り捨てるのはナンセンスです。
そうではなく、
子どもと同じ地平に立ち、子どもが投げかけた物語に「調律」する形で、その人ならではの感性や想像力で以って応答する感性は、子どもたち…というより人とかかわる中で大切なものなのではないかと考えます😌✨
上の引用での実践が何歳くらいの子どもを対象にしたのかは不明ですが、経験上、小学2年生以上ならおそらく可能であろうと考えています。
形態は、大人数で行なってみんなで1つのものを創っても良いですが、待ち時間が長いと子どもたちにとっては苦しいので、
子どもー大人のペア、あるいは二組のペア(計4人)あたりで1つの物語を創るようなイメージをしています😊
ワークショップの最後に、選んだ絵カードを綴って一冊の文字なし絵本が出来上がればよいなぁと思います✨
読み返すたびに解釈が変わる絵本。。
1人で、創った人と、違う人と…読み返すたびに、またそこから新しい物語が生まれれば良いなぁと考えています(((o(*゚▽゚*)o)))
ふんわりしている部分も多々ありますが、やってみたいことの1つ目はワークショップです。