裏金はいかんとマスコミが騒ぐ、世間も怒る。

でも落ち着いて考えるとなるべくしてなっているのだ。

 

今思えば地元の為の人を選ぶと言いながら

本当は国の事をやってもらわなあかんのにといってた

長老も各所に居たと思う。

 

まさにそうだったのだ。

県会でもそう地元に地元にと、市会でも全く変わらず、

それを当たり前にしてきた市民こそが日本を壊して今がある。

長老はどうして一人でぼやかず皆を指導しなかったのか?

日本人の同調圧力に為す術がなかったのか?

 

今の自分らでなく、何故将来の子どもたちの事を

考えさせなかったのか。

 

民主主義は必ずこういう自業自得を招くという

壮大な社会実験の失敗例という

現実を突きつけられているに過ぎない。

 

その失敗の責任をどうして若い世代、子ども達に押し付ける。

恥ずかしくないのか?

尻拭いは自分等でしようと思わないのか?

誰のせいでこうなったかは自明じゃないか?

高齢者がまず切り捨てられるべきだ。

そしてそれが最低生活を保証されるなら、資産のある高齢者が

負担する以外の選択はないじゃないか。

 

若者達、子育て世代にだけは押し付ける事は許されない。

自分達で壊した政治を、責めて未来をちゃんと考える政治に立て直す。

それが散り際じゃないか。

 

自分達が悪かったと言えない、ブサイクな高齢者になるのだけは私は嫌なんだ。