自傷が意味するもの
少年鑑別所で出会った自傷経験を持つ少女の1人は、私にこんな話をした。
「その昔、年の離れた兄から、暴力で脅されて性行為を強要されていた時期があった。両親は気づいてくれなかった。というか、本当は見て見ぬふりだった。学校ではみんなにいじめられていたけど、今度は先生が見て見ぬふりをした。とにかく生きているのが辛くて、それを誰かに気づいて欲しくて教室のみんなの前で、カッターで自分の腕を切った。そしたら大騒ぎになって、先生たちから怒られた。親も呼び出されて、父から思いっきり殴られた。そのとき、もう絶対に誰も信じないと誓った」。
この挿話に、自傷行為が意味するものが隠されている。喫煙、飲酒、薬物乱用、拒食、過食……。自傷行為は危険な性交渉とも関係がある。
自傷する若者たちは、自分を大事に思えず、自分には価値がない、消えてしまいたいと感じながら、自己破壊的行動をくりかえしている。誰も助けてはくれないし、誰も信じられない。自分の心の痛みは、自分で何とかしなければならない。そう信じている。
しかし矛盾するようではあるが、その一方で彼らは気づいて欲しいのである。その意味ではまだ完全な虚無主義に陥っておらず、かろうじて一縷の希望を残している。
鈍感な大人たちは「だったら言葉でそういえばいい」というかもしれないが、感情を直截に表現するには、彼らの自己評価はあまりにも低い。
自傷行為といかにかかわるか
中学校・高校の養護教諭から、「生徒から『自傷しちゃった』『自傷したくなっちゃった」といわれたら、どう言葉を返せばいいのでしょう?」と質問されることが多い。
そんなとき、私は、「『よくいえたね』っていってみてはどうですか?」と答えることにしている。相手はたいてい不思議そうに私を見つめ返すが、私はいたって真剣である。
私は、ある種の精神科医と話していると面食らうことがある。「自傷行為は閉鎖病棟の堅い枠のなかで治療すれば改善する。多くは医原病だ」「自傷患者は都合が悪くなるとすぐに解離する。あれは疾病利得を狙った詐病だ」。
彼らはこの嗜虐的な治療哲学を得々と語る。残念なことだ。いやしくも心の治療に携わる者として、肝心な何かが欠落している。強固な治療構造のなかで自傷がコントロールされても、それと心の回復は次元が異なる。人に自分の感情を伝えるのを断念しただけのことなのだ。
もちろん、解離や自傷には疾病利得があるというのは部分的には正しい。確かに、腕力や言葉でかなわない相手に「あなたに届服しない」意志を伝えるという利得がある。そんな風になかなか「屈服しない」から、われわれは自傷行為に苛立つわけだ。
だが苛立つまえに、なぜ彼/彼女が、意志表示のために、そのようにまわりくどい方法を使わなければならなかったのかを考える必要がある。
そもそも解離状態で自傷をする者は、有形無形の暴力・支配・束縛を生き残るために自分の心の痛みに鈍感にならざるをえなかった人たちである。
それを圧倒的なパワーで行動を抑え込み、自傷の持つ感情表現を無視すれば、どうであろうか? おそらく心を堅く閉ざすだけだ。後は、他者との交通が遮断された内閉的生活のなかで、次第に他人の心の痛みにも鈍感になっていくであろう。
その弊害はまちがいなく社会にはね返ってくる。先ほどの少年鑑別所の少女は、大人たちに失望してから、腕を切るのをぴたりと止めたという。その後まもなく、彼女は不良少年たちと謀って援助交際を装った恐喝をくりかえすようになり、結局、少年鑑別所に来ることになった。
彼女が街で男性を誘ってホテルヘと行くと、仲間の男性数名がホテルの部屋に登場し、男性を脅して金を巻き上げるという手口である。
彼女は語った。「恐怖に脅えた男たちが、土下座して、涙を流しながら有り金を全部くれる姿を見るのが快感だった」。めずらしい話ではない。
さまざまな臨床と研究の紆余曲折を経て、ある時期から私は、自傷行為をきちんととりあげることは治療を深めるチャンスなのだと考えるようになった。
そんなわけで私は、「よく言えたね」と患者をねぎらい、大いに関心を持って傷の性状を入念に観察し、さらに痛みや記憶の有無、それから引き金となった状況について詳細に聴取するようになった。
そう、とうとう私は、指導医の忠告とは反対の方向を歩きはじめてしまったのである。
文献
1)Favazza AR : Bodies Under Siege. Self-mutilation and Body Modification in Culture and Psychiatry, Socond Edition. The Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1996
2)Izutsu T, Shimotsu S, Matsumoto T. et al: Deliberate self-harm and childhood histories of Attention-Deficit /Hyperactivity Disorder (ADHD) in junior highschool students. European Child and Adolescent Psychiatry (in press)
3)Levenkron S: Cutting : understanding and overcoming self-mutilation, W.W.Norton & Company, inc., NewYork, 1998 (スティーブン・レベンクロン著, 森川那智子訳「CUTTING」, 集英社, 2005)
4)MatsumotoT, Yamaguchi A, Chiba Y, et a1 : pattrns of self-cutting : Apreliminarys tudy on differences in clinical implications between wrist-and arm-cutting using a Japanese juvenil detention center sample, Psychiatry Clin Neurosci 58 : 377-382, 2004
5) 松本俊彦, 山口亜希子 : 自傷行為の嗜癖性についてー自記式質問票による自傷行為に関する調査ー精神科治療学 20 : 931-939, 2005
6)Menninger KA: Man against himself. Harcourt Brace javanovich, NewYork, 1938
7)水谷修 : こどもたちへ夜回り先生からのメッセージ. サンクチュアリ出版,東京. 2005
8) 南条あや : 卒業式まで死にません. 新潮社, 東京, 2000
9) 西園昌久, 安岡誉 : 手首自傷症候群. 臨床精神医学8:1309,1979
10)Owens D, Horrocks J, House A : Fatal and non-fatal repetitjon of self-harm. Systematic review. Br J Psychiatry 181, 193-199, 2002
11) Schaef AW : When Society Becomes an Addict. Harper Collins, NewYork, 1987. (斎藤学訳「嗜癖する社会」. 誠信書房, 東京, 1993)
12) すえのぶけいこ : ライフ, 1-8巻. 講談社コミックスフレンド, 講談社, 東京, 2002-2004
13) 山口亜希子, 松本俊彦 : 女子高校生における自傷行為ー喫煙・飲酒、ピアス、過食傾向との関係ー. 精神医学 47 : 515-522, 2005
14) Walsh BW, Rosen PM : Self-mutiIation. Guilford Press, New York、1988 (松本俊彦・山口亜希子訳「自傷行為ー実証的研究と治療指針ー」, 金剛出版2005)
松本俊彦「自傷行為」
国立精神・神経センター精神保健研究所
心と社会
37巻1号 2006
通巻123
日本精神衛生会