家庭内暴力 | 月かげの虹

家庭内暴力


「犯罪とならない暴力」は数多くあります。親しい者同士だととくに表面化せず、警察も民事不介入として遠ざけてきました。

親しい者同士はその距離の近さゆえに、罵りあい、憎しみあうこととなりがちです。もちろん、それは、いたわりあい、支え合うことと裏腹な関係にあります。

分かって欲しい、こんなふうにして欲しいという感情がそこに介在し、家庭内暴力の独特さがつくられていきます。

家族以外の人にそんな行動をしたり、感情を抱いたりすることはできないのに、親しい間柄の家族ならばいいだろうという感覚が、不法行為としての暴力への感受性を鈍らせていきます。

しかし、事態は変化し、ドメスティック・バイオレンス防止法(DV防止法)だけではなく、児童虐待防止法、ストーカー行為規制法、高齢者虐待防止法が制定され、親しい者同士の暴力への介入がはじまりました。

家庭内の様々な形態の暴力が社会問題とされつつあるのです。古くからある問題に社会が新しく関心を持ち始めたのです。

DVによる被害の特徴と心の傷つき

ドメスティック・バイオレンスを受けると、身体に傷がつくことはもちろんですが、心も傷つきます。愛した人から受けるDVは特別な傷つきとなります。また、DVは、長期にわたり、繰り返し、断続して起こります。

DVのきっかけとして、「それはささいなことだった」とよく殴る人は言います。でも、ささいなことであっても被害を受ける人にとっては深刻です。

そんなささいなことでどうしてこんなに暴力が起こるのか、いつ起こるのか、いつ終わるのかという具合に、恐れをいだきながら日々を一緒に過ごすこととなるからです。

「卵の殻の上で暮らしているようだ」、「地雷とともに生活しているようだ」とよく言われます。こうして、DVの被害者は、いつもなにかに怯え、敏感になり、息苦しいものとなってしまいます。

乳児や要介護老人などは声さえあげられないのです。こうなると安らぎの場としての家庭どころではありません。

やっかいなことに、世間体もあり、加害者が殴らない時もあり、場合によっては謝罪もするので、なかなか表面化しないのがDVです。

こうした環境に長くいると、正常な感覚が麻痺していきます。家族を訴えることとなるので、援助を求めることすら罪悪だと感じてしまうのです。

DV被害者の心理は独特です。心の傷の表れ方は多様ですが、いくつか共通性があります。一つは、暴力を振るわれたその時の出来事が、突然、思い出されるということです。再体験ともいいます。繰り返して、そして衝撃的に記憶がよみがえります。

悪夢を見ることもあります。リアルに想起されることにより、恐怖が高まります。それを思い出させるようななんらかのきっかけからそれらは起こります。その都度、心理的な苦しさや発汗などの反応がおきます。

二つは、その傷を思い出させる契機や出来事に関わるような刺激を無意識的に避けます。あるいはそうした刺激に敏感にならないように防衛心が作用し、感情鈍麻がおこることもあります。

その時のことを想起させる行動、風景、人間、場所、感情、言葉などを避けようとするのです。楽しめない日常となるのです。対人関係も自然ではなくなります。社会的な孤立感を深める場合もあります。心と行動のひきこもり状態が慢性化するともいえます。

三つは、過覚醒(自律神経系の興奮や過覚醒の症状)です。入眠困難、中途覚醒、不眠などです。普段でも一つのことに集中できなくなることもあります。ささいなことに神経が過敏になります。髪を掻くために手を挙げた他人の動作にもビクッとしてしまうような感覚です。過剰な警戒心ともいえるでしょう。

こうした不安定な心理的状態をもたらすので、親しい者同士の暴力は特に深刻な被害となります。夫婦喧嘩ですまされないのがDVです。殴られている被害者が援助を求めることから変化が始まります。

被害にあっていると思われる場合は、都道府県に開設されている「配偶者暴力相談支援センター」が窓口となり、必要な援助を行なっています。緊急性のある場合は、警察署にいくなどして安全を確保することが重要です。
一時的に避難する場所としては各地の婦人相談所の保護施設を利用することもできます。

中村 正 
立命館大学教授

ドメスティック・バイオレンス
古くて新しい家庭の問題

こころの健康シリーズIII
メンタルヘルスと家族

日本精神衛生会
平成18年2月