春3

今日は地元のスポーツクラブでの指導の日でした。

思えばこちらももう2001年のオープニングからずっと続いているので、

レッスンも旧武術段位制の一段:8式、二段:16式、三段:24式、四段の32式まで楊式系列の動作の比較的多く入った套路を行っていました。

2011年からはNHKで行ったテレビ教室で水野美紀さんが陳式太極拳養生功18式を始めたことに合わせて陳式太極拳に切り替え、現在は新段位制をも平行して行っています。




2011年に、今現在に行っているGW期間を使った武術研修ツアーの第1回目は、

現在は上海体育学院武術学院の教授で、私が1986年に安徽省武術隊へ武術留学をしていた時の女子選手で同じ年の範燕美さんに木蘭拳の規定套路の研修で1週間ほど一緒に練習をしました。

2011年 上海体育学院 武術学院 中国武術 研修ツアー




上海体育学院武術ツアー5

その時に教えてもらったことで判ったことは「高難度動作」では、各自の意識感覚での「テクニック」にあり、「実はそんなに難しいことではない」ということが判りました。

(やはり高難度ルールでは練習用コートが必要な環境状況は関係します)




(※2014年の全中国武術運動大会で左から3番めの審判員。そして昨年の伝統武術国際ルールで開催されたシンガポール国際武術大会で審判長を担当していました)




上海体育学院学習ツアー6

上海体育学院武術ツアー2


その時に彼女から「成澤、あなたは対打、対練を指導でやっている!?」と聞かれました。

私は「当然、普通に何時でもやっているよ。君も知っているように昔から尊敬する 徐文忠老師のような偉大な武術家の行っていたように、元気な素早い若者を集めて相手との稽古も楽しいからね」と答えました。

範さんは「そう よかったわ、実は発表前であまり多くは言えないけれど、来年から中国武術段位制度が新しくなって、その後欧米の連盟側の要求で、発表後はすぐに国際標準化になって対打(析招)と対練套路ができないと武術技能は評価対象外になるのよ」と言いました。

私はすぐに「いいね!大歓迎だ。対打は元々その武術的感触が好きだからね!」と私は言いました。

範さんは「大丈夫!?太極拳は陳式、楊式、呉式、武式、孫式、和式の6流派、拳術は長拳以外にも沢山加わるらしいのよ」と答えました。

私は「いいね。太極拳の段位は好きな陳式でOKさ。長拳以外の項目が増える!?余計に嬉しいよ!」

範さん「あなたは変わっているのね。今中国国内の省武術協会はそれで今内輪揉めになっちゃっていて すごいの、あなたの国の状況は大丈夫!?」

私「大丈夫というどころか、大歓迎だ。それが我がチームの活動での評価や評判はむしろ上がるな!!早くやって欲しい」

範さん「昨日会った日本から来ていた太極拳の学習団の先生に話したら反発と抵抗感がすごかったわよ。あなたと渡辺はやっぱりちょっと普通じゃないのね」

私「えっ、普通じゃないのは、今に始まったことじゃないさ。それは中国だけでなく、日本国内でもね」

範さん「あっ そう・・ それよりあなた毎日一緒に動いていて何ともないの!?」

私「何ともないどころか、まだまだ動けるよ」

範さん「そうなの!?私は最近やらないから筋肉痛がすごいのよ。あなたはどう?」

私「へぇ~、そうなのかい。何ともないね。俺は毎日動き続けているし、渡辺はまだ地躺拳とか普通にやるよ」

範さん「あら、そう・・・」

でも、さすが一流でやればやっぱり動けて素晴らしかったです。


昨年から導入された国際大会での項目「双剣の演武示範」




翌年2012年に開催される上海国際武術博覧会の組織委員を務めている関係もあって、それから帰国後は、以前に発表された長拳の対練套路で「二人対打拳」と「三人対打拳」を指導し、出場しました。





そして最新中国武術段位制は2013年から国際標準化され、私達もその組織単位として他にない日本人運営組織第1号として認可を受けられました。

それから、その評価もあって、同年の8月に来日された上海武術協会のナンバー2になり、中国国内のすべての大会の総審判長になった、

1987年秋から中国上海へ長期留学をした武術師兄弟の渡辺成人さんの師匠で、

1989年から私もその縁で深くお世話になっていた復旦大学武術協会の恩師、花妙林老師から「俺と一緒に、今後の国際的な武術活動で日本ではお前だ、お前とやろう!!」と言ってくれました。

花妙林老師


そのことがあって「2014年計画」を考え、実行し今現在のスタンスを得られました・・・

龍舞


もし、ずっと日本での普通のスタイルでやっていたのなら、こんな大きなチャンスはなかったと思います。

あるいは、自分から率先して動き続けたことで小泉政権頃から悪化した日本と中国の関係の中で、私のような日本人もいるということへのエールだったようにも感じています。

(※私は上海で生活する時は、31年前からずっと本当に好待遇ばかりでした)

この期間に私と同じく日本国内の一般環境では不遇な状況でも頑張りに頑張った成果もあって、

教え子も段位認定を受けて、今プロ・インストラクターとしてスポーツクラブ・フィットネスクラブで大いに活躍しています。

こうした達成感や充実感は、本当に有意義な人生での励みになります。

今年も4月下旬から、新世代の第2弾活動を上海の研修(ミニ留学)をスタートします。


今回は期待感が、また新たな明るい希望として感じています。

春2


春


私が何故に「オリジナルの中国武術活動」を行うのは、

そういう理由があるからでした・・・