
世界中が繋がるインターネットの時代になって、私も活用するようになって10年ほど経ちます。
世の中の報道にも変化があり、世界各国からの情報も多く流れるようになりました。
そこには考え方や価値観も様々で、
一度、どこかで摩擦や紛争が起れば共に「正義」を主張します。
そして世界、日本国内でも立場や考え方、
気付かずににも、習慣的な情報を元に考え方や意見、判断は分かれます。
民主主義とはいっても、
日本国内のムーブメントを振り返れば、
例えば「A」と「B」というものがあれば、
一時期は「A」を正しいとして、「B」を誤りとして批判し、
またある時は「B」を正しいとして、「A」を誤りで批判をする。
その場その時、場当たり的で「正義」はコロコロ変わり、
ずっと一貫している人や考え方には、あまり意識されず「数が力」になる方へと、
人々は必ず動き、
そして以前の記憶は忘れ、「なかったもの」のようになり、その場その時の創られていく世相の「正義感」へ同調していきます。
最近感じることは、
何があっても、時は流れる。
人は変わり、考え方も変わる、そしてそれはいとも簡単に。
私自身は、何時かしら、常々に流れていく川の水のように、
無常ながらも、不変的で大らかな、人々にとってやさしい感覚を持てるようでありたい。
そして私の武術は、
ありとあらゆる観点で、そうした大切なものを守るものでありたい、そんなことを考えました。