新年度4月が始まって、もう1ヶ月が経とうとしています。
フィットネスの現場の数々も人事異動があって顔ぶれも変わりました。
しかしながら私の現場は何も変わるところがほとんどなく(笑)何かしら、この春は穏やかな心地でいます。
以前は毎年に指導項目をいろいろと変えたりしていましたが、2012年の 上海国際武術博覧会 を皮切りに、この3年間は新しくなった本場の中国武術段位制のカリキュラムを皆さんの練習活動でのグレードアップ感覚の定着に活かそうと考え、
工夫に工夫を重ね、ようやく全体の流れがまとまるようになりました。
この3年間は随分と長かった気がします・・
その間にまたいくつもの想いが自分の頭の中を駆け巡りました。
振り返れば、何故に自分はこの世界を人生の中で重要にしてきたのかを、長い時間が過ぎてから判ることがあります。
それは忘れもしない、ちょうど今から30年前の16歳の時に中国大陸へ降り立った時、まだ素朴な中国の光景を見た時に、本当に全く異なる世界観を知った時の衝撃でした。
見るもの、聞くもの、香り、人々の動きや生活感覚、武術家の先生方の姿、すべての全てが自分の住む日本と全く違い、
そこから毎年中国へと通ううちに、それがまたもう一つの自分の愛する世界になっていたことでした。
中国へ行くと、何かしらいつも大きな発見と「これはやらねば」という義務感が生まれ、日本に帰国後そのものの達成の功夫を練ることばかりを考え、
毎日の生活で、ふと発見があれば、その場で動き始め「そうか」という納得ができるまでに感覚を掴もうとしていました。
※しかしながら、それは今でもそうですが(笑)
ようやく先日、日中間での政治的な流れでも国交の正常化へ向けた合意がなされ、特に日本の政財界が今後の中国との関係を重視していく姿が見られ、
もう二度と「とばっちり」を受けずに済むことへの本当の安堵感を感じます。
2010年の秋から、政治的問題が日中間で大きくなり、こうした問題が起こると私の立場はいつも板ばさみになり、
こうした民間文化交流という立場を取っていると、ただの「泣きっ面に蜂」状態の環境に追い込まれます。
その都度毎に「俺が何をやったんだよ」と男はつらいよの寅さんのような気持ちになります。
そしていつも時間が経つと「政治的問題」というのは、その問題の起こされる必然性が背後にあり、
意図的に「様々な問題となる環境」がマスコミ報道を含め、用意され、とばっちり的に関係者に間接的なダメージを与えるのが「サイバー戦争」や「経済戦争」だという意味が解った時に、
私の立場で想うと世の多くの「欲望の哀れ」さを感じました。
この1ヶ月間の間、国際情勢での日本の存在を巡る国際的な経済戦争での「サイバー空間」での闘いが本当に終えた空気を読んでいます。
そして、私の周りをふと眺めた時に多くのほとんどが「それが今までに何か」という感じに気付いた時に、また一つの柔らかいですが大きな衝撃を感じました。
「ほとんどが気付いていない、まさしく「サイバー空間」の闘いなのだ・・」
しかしながら「私のいる世界」も望まずに巻き込まれた「その闘い」は終わりましたが、今後はまだ政財界での関係者や当事者同士では、これからも続き、そういった姿が「三国志」の世界観に重なる思いがしました。
「国破れて山河在り」
そんな姿をリアルタイムで見ています。
この春を期に、自分もまた一つの人事異動を自ら行って、よくある普通の「のんびり日本」の一員に戻りたいと思います。
フィットネスの現場の数々も人事異動があって顔ぶれも変わりました。
しかしながら私の現場は何も変わるところがほとんどなく(笑)何かしら、この春は穏やかな心地でいます。
以前は毎年に指導項目をいろいろと変えたりしていましたが、2012年の 上海国際武術博覧会 を皮切りに、この3年間は新しくなった本場の中国武術段位制のカリキュラムを皆さんの練習活動でのグレードアップ感覚の定着に活かそうと考え、
工夫に工夫を重ね、ようやく全体の流れがまとまるようになりました。
この3年間は随分と長かった気がします・・
その間にまたいくつもの想いが自分の頭の中を駆け巡りました。
振り返れば、何故に自分はこの世界を人生の中で重要にしてきたのかを、長い時間が過ぎてから判ることがあります。
それは忘れもしない、ちょうど今から30年前の16歳の時に中国大陸へ降り立った時、まだ素朴な中国の光景を見た時に、本当に全く異なる世界観を知った時の衝撃でした。
見るもの、聞くもの、香り、人々の動きや生活感覚、武術家の先生方の姿、すべての全てが自分の住む日本と全く違い、
そこから毎年中国へと通ううちに、それがまたもう一つの自分の愛する世界になっていたことでした。
中国へ行くと、何かしらいつも大きな発見と「これはやらねば」という義務感が生まれ、日本に帰国後そのものの達成の功夫を練ることばかりを考え、
毎日の生活で、ふと発見があれば、その場で動き始め「そうか」という納得ができるまでに感覚を掴もうとしていました。
※しかしながら、それは今でもそうですが(笑)
ようやく先日、日中間での政治的な流れでも国交の正常化へ向けた合意がなされ、特に日本の政財界が今後の中国との関係を重視していく姿が見られ、
もう二度と「とばっちり」を受けずに済むことへの本当の安堵感を感じます。
2010年の秋から、政治的問題が日中間で大きくなり、こうした問題が起こると私の立場はいつも板ばさみになり、
こうした民間文化交流という立場を取っていると、ただの「泣きっ面に蜂」状態の環境に追い込まれます。
その都度毎に「俺が何をやったんだよ」と男はつらいよの寅さんのような気持ちになります。
そしていつも時間が経つと「政治的問題」というのは、その問題の起こされる必然性が背後にあり、
意図的に「様々な問題となる環境」がマスコミ報道を含め、用意され、とばっちり的に関係者に間接的なダメージを与えるのが「サイバー戦争」や「経済戦争」だという意味が解った時に、
私の立場で想うと世の多くの「欲望の哀れ」さを感じました。
この1ヶ月間の間、国際情勢での日本の存在を巡る国際的な経済戦争での「サイバー空間」での闘いが本当に終えた空気を読んでいます。
そして、私の周りをふと眺めた時に多くのほとんどが「それが今までに何か」という感じに気付いた時に、また一つの柔らかいですが大きな衝撃を感じました。
「ほとんどが気付いていない、まさしく「サイバー空間」の闘いなのだ・・」
しかしながら「私のいる世界」も望まずに巻き込まれた「その闘い」は終わりましたが、今後はまだ政財界での関係者や当事者同士では、これからも続き、そういった姿が「三国志」の世界観に重なる思いがしました。
「国破れて山河在り」
そんな姿をリアルタイムで見ています。
この春を期に、自分もまた一つの人事異動を自ら行って、よくある普通の「のんびり日本」の一員に戻りたいと思います。