
私の10代後半から20代の間に、影響を受けたのは森鴎外と夏目漱石の明治期の2大文豪の書物からでした。
その中でも夏目漱石の作品の草枕から学ぶものは多かったです。
「草枕」
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、
束の間に命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。
あるいは音楽や彫刻である。
こまかに云えば写さないでもよい。
ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。
~略~
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。
二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。
三十の今日はこう思うている。
喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。
これを切り放そうとすると身が持てぬ。
片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。
閣僚の肩は数百万人の足を支えている。
背中には重い天下がおぶさっている。
うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。
~略~
やはり日本人として生まれたからには、日本人の宿命が歴史的にあって、そこを如何に自身で、
「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間に命を、束の間でも住みよくせねばならぬ」
これが自ずから、できるかどうかに、かかっていることを学びました。
私は幸いに中国武術があり、本場中国の師に有り難く学び、
そして兵法剣術という新しい新日本感覚の武芸としての剣道を編み出し、処世術を身につけられました。
そして、これらを日々多くの皆さんに伝え、共に楽しく、切磋琢磨をする活動を行い、
住み良い生き方の構築をしていくことを重視する生き方に進みました。
「ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい」
芸道は深く、どこかでも遠い、そんな旅情に身を任せる生き方も良いものだと感じています・・・