2001年と2003年の2回アメリカに行ったことがあります。

2001年の夏はアメリカで胡堅強先生に武術の指導を受けにいき、その後サンフランシスコとロサンゼルスでの中国武術業界の研究とフィットネス業界の勉強に行きました。

2003年はコネチカットの少林武術中心を訪ね、練習の見学や胡先生との今後の提携などのお願いにいき、その後日本で行うセミナーの打ち合わせなどを行いました。

今は胡先生はロサンゼルスに移り、なかなかタイミングが合わなくてこれからまた機会を作って交流を再開したいなと思っています。

(※しかし成田~ロサンゼルスの方が中国よりも飛行機代がはるかに安いという不思議感覚・・)

2001年当時にはもうアメリカでフィットネス業界ではエアロビックダンス・エクササイズ系プログラムは飽きられていて、ヨガブームが全盛でアメリカ人講師によるオリエンタル・プログラムと中国武術・カンフーが人気でした。

2003年はもう中国武術系プログラムの普及は落ち着いている感じでした。最近は直接見ていませんがアジアブーム全体が広まったように見えています。

大体いつも日本ではアメリカのものが数年遅れでやってきていましたが、2001年の時に実際に見た現象で一番ショックだったのはハンバーガーショップでハンバーガーが99セントで売っていてもお店が閑古鳥な状態でした。

ベニスにあるゴールドジムで研修に来ていた人に聞いてみたら「あんなに身体に悪いものだと知っている人は食べないよ」と言っていました。

確かにフロリダでは道行く人の7割ぐらいはメタボでした。

ロスではメキシコに近いのでタコスとか中華とかも多くあってメタボは白人は多かったですがスリムな人が白人以外には結構多かったです。

サンフランシスコからフロリダのオーランドまでの飛行機内でエコノミー席でメタボに両サイドに座られました。自分の肘掛けがなくなり両隣りの密着さの8時間ぐらいの間はとても苦しくて「エコノミー症候群って意味が違うな、と知りました」

帰りのオーランドからサンフランシスコまでは通路席に座り、良かったな~、と思っていたら

メタボな女性フライトアテンダントの足が私の席の肘掛え上に入り込み コーヒーを持つカップにあたりコーヒーをこぼされました。

当時の日本でもベーグルというパンが売れ始めていて、それに慣れていてアメリカで食べたら固くて「なんだこりゃ」と正直に思いました。

その後帰国してすぐに9,11が起きて、日本ではハンバーガーが55円ぐらいで売っていて牛丼とかがやたらと安くなっていました。

そして狂牛病騒ぎ、と続きました。そしてITの普及。

2006年頃からアメリカン・ヨガブームが広まり、気付けばメタボが日本でもとても多くなりました。

今は中国全土でもアメリカンフード全盛で、吉野家も人気があってメタボが多くなり3億人ほどいるそうです。

アメリカでのサブプライムローン問題が2~3年前に話題になり、日本ではソフトランディングをしたおかげでアメリカみたいな深刻さからは免れたようですが深刻な金融問題は解決をしていない現状があります。

でも今でも都内の街を歩くとビルのテナントが空いているところがかなり見られます。

以前はアメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく、といわれていました。

今の日本を思えば国際的になり、アメリカのような他民族社会になりました。良い面もありますが悪い面もあります。

これからの日本の未来を誰も心に傷つかないように、良い面をより強調していくためにも何のどのようなアクションが必要なのか、どのような表現方法がいいのだろうか、

よくそんなことを思っています。