あぁ なんて悲しいことでしょう
先日の記事の呼びかけにすぐにメッセージをくださった
ミミさんの今日のブログで知りました。
愛知県でイノシシの罠にかかったこぐまが射殺されたそうです。
まだ何の危害も加えてはいないのに
ただ自分の生息地である山の中にいることすら許されないのでしょうか?
逃げようと穴を掘りつづけるこぐまの姿に涙が止まりません。
山に食べものがないから イノシシ用の罠にあった餌を食べようとして
殺されてしまうなんて
いったいなぜ殺さなければならなかったのでしょうか?
麻酔で眠らせて 罠からはずし
山に帰してあげることはできなかったのでしょうか?
市役所に電話したら今日は休日だから誰も出なかった。
だけどなぜ殺さなければならなかったのか
説明が聞きたいから明日また電話をするつもりです。
くまもり協会はこのこぐまの命を守ろうと
7時間も交渉をしたらしいのですが むなしく射殺されたのだそうです。
射殺もかわいそうだけど 罠にかかり 檻の中に閉じ込められて
どんなに怖かったろうと思います。
ごめんね。ごめんね。
わたしたち人間が自然や動物たちにしてきたことを償うために
どのくらい時間があればいいのかな。
わたしたち人間は他の生命に対しての尊敬を忘れてしまうことで
自分たちへの尊敬も失ってしまうことになるのだと思うのです。
とりあえずできることをしよう!
ということでドングリ拾いキャンペーン強化 です!
みなさまのご協力 ぜひお願いします。
みなさまの地域で チラシなどで知らせて協力を募り
どんぐりを集めましょう!
ミミさんのブログ記事
ぜひお読みください。
以前アフガニスタンへの侵攻に反対する運動に参加した時
無力感に襲われるわたしにガイドがくれた比喩がありました。
ここに戦争の是非を問う多数決会議が10人のメンバーで開かれているとして
4人が戦争に賛成 3人が反対したとします。
残りの3人は心の中では反対の人と無関心の人で 棄権しました。
棄権した人が意思表示をしたとしたら 戦争は否認されるところでしたが
実際には多数決で戦争に賛成する意見が採用されました。
このとき棄権した3人は本当に中立でしょうか?
「知らない」というだけで
「熊は殺すべきだ」という意見に
賛成しているのと同じとみなされてしまうことがないように
みなさんにお伝えしてゆこうと思います。
また少しばかりのドングリを拾っても焼け石に水では?
というご意見もあると思います。
やはり以前もらったこんなメッセージがあります。
いつも祈っている人たちは
どんなちいさな行動でも
それが大きな平和への推進力となることに気が付いてください
たとえば 平和の署名ひとつがそんなに大きな力をもつとは
あなたがたは思っていないでしょう
けれどもそれはあなたという神が「わたしは平和を選択します」
と言うはっきりとした意思表示となり
祈りよりも更に三次元の波動に近いため
実に大きな力を持っているのです
わたしたちの意識の持つ力について知るにつれ
このメッセージの真の意味を理解しました。
わたしたちが仲間たちを助けたいと思って どんぐりをひとつ拾うとき
その行為はひとつのドングリ以上の結果をもたらすのです。
みなさまからのメッセージやご協力 本当に感謝しています。
同じ気持ちで繋がっている
会ったこともないみなさんとの強い結びつきを感じています。
同じ地球に生きる仲間たちのために 小さな力を合わせていきましょう~
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