ついつい次に読む作品をネットで探そうとしてしまいます本

ただ、アマゾンのレビューだけは注意が必要・・・だということは重々承知で。


読書することじたい、よいことですが、わたしの場合、それは現実逃避だったりします・・・

優先して読むべき文献が山ほどあるのに・・・

数日前からちょこちょこ読みだし、今朝4時からスタートして読み終えたのが、

川上弘美さんの『センセイの鞄』。


センセイと月子さんという、おじいちゃんと孫ほどの歳の離れたふたりが

とある居酒屋で出会い、親睦を深めてゆくなか、

たがいのこころには恋心が芽生る。

そして物語は、いよいよお付き合いをスタートさせるという展開になる。


ふたりの出会いの場であり、顔を頻繁に合わせている、サトルさんのお店、

ここで出される居酒屋メニューがなんとも言えない

ほっこりあったかな雰囲気をこの物語につくりだしています。


物語の主人公月子さんの高校時代の国語教師だった、センセイの物言いも、

品があり丁寧で、いかにも先生という名にふさわしい言動をしている。

それはお付き合いをはじめてから、かれが好んで使う「デート」という言葉の

使い方にもあらわれている。


ひとはいくら歳をとっても、何歳であったとしても、

たとえ大切なひとを失ったあとであっても、

あらたに誰か縁のある人に出会い、そしてときには恋をし、

余生をたのしむ。


ひとが生きて、だれかとの縁を大事にして、自分の生活の中にあらたに取り込んでいくこと、

それがもたらす人生への底知れぬ影響力・・・

こういったことが、描かれているように思う。



そして物語は、センセイが亡くなった後談で結ばれる。

センセイの死、センセイを失ったその悲しみを、月子さんは声を大にしては語らない。

タイトルにもある、センセイがつねに持っていた鞄を開けて、そのなかの空洞を

目にするだけである。

それだけにいっそう、彼女の悲しみはこちらに伝わってくる。

誰かを失ったあとのこころの穴を埋めるものとはなにか・・・

それもそのひと次第なのかもしれない。

ひととの縁だったり、それを糧にひとが誰かと生きていくことの意味、

そうしたことを考えさせるきっかけとなるような作品だった。