おまえさんたち、矢野健太郎という数学者をご存じかい?
世界的な数学者で、専門は微分幾何学という難しい学問だそうな。
どれくらい有名かといえば、1993年に亡くなった時、従三位勲二等瑞宝章を授かったというのだから、大したもんだよ、おまえさん。

ところで、この先生、大変ユーモアに溢れた人で、わたしゃ大好きな人なんだが、この人の書かれた「数学への招待」という文庫本を読み返してみたんだ。
数学というとっつきにくい学問を、判り易く、ユーモアを交えて書いている面白い本だよ。

この中に、「将棋と数学」という章がある。


将棋の好きな人はご存じと思うが、実力の違う人同士が戦う時には、「駒落ち」というルールがある。
二段の差がある時には、上位者が香車を一枚落とす。


角行は四段差、

飛車は六段差として、

例えば三段差の場合は、香落ち一回と、角落ち一回を指す。
これは、(2+4)/2=3 という計算による。

 

{ 2 (香車のハンディ) + 4 (角行のハンディ) } / 2 = 3 (対局者の力の差)

ということだよね。

 

この場合、最初の香落ち勝負は上位者が有利であり、二回目の角落ち勝負は下位者が有利になるよね。

したがって、二回戦うと、いい勝負になるというわけじゃよ。

 

ところが、その後、角行は五段差、飛車は七段差と変えられてしまった。
こうなると、三段差の場合にどうすればよいか困ってしまう。

そこで矢野先生は、

 

「(2+2+5)/3=3 だから、香落ち二回と角落ち一回の計三回戦えば良い」

 

と切り捨てていらっしゃる。
さすがに、大数学者だけのことはある。

 

{ 2 (香車のハンディ) + 2 (香車のハンディ) + 5 (角行のハンディ) } / 3  =  3  (対局者の力の差)

ということだよね。

ところが、待てよ、こりゃ一寸おかしいぞと、わしゃ思ったね。
数学的には帳尻が合っているかもしれないが、香落ちを指した場合は、上手が勝つ確率が高く、角落ちを指した場合は下手が勝つ確率が高いはずだよね。
なにせ、香落ちは二段差、角落ちは五段差だからね。


そうすると、香落ちの二回は上手が勝って、角落ちの一回は下手が勝つことが多いことになる。
つまり、この三番勝負は始めから上手有利になっているんじゃないかね。

矢野先生が御存命なら、早速メールを送りたいところだが、残念ながら、この疑問を言う相手が見当たらない。

仕方がないから、ここに書いたんだが、誰か読んでくれる奇特な人でもいるのかな?