わしは台湾で生まれて、終戦後に秋田に引き揚げて来て、本家にお世話になったんだよ。

引き揚げて一週間後に小学校に入学したんだ。

台湾の事は、子供の頃だから、うろ覚えだが、時々ふと思い出すことがある。

 

先日も、ある歌が頭の中を駆け巡り、その題名を思い出そうとして苦労したよ。

歌の題名は「サヨンの鐘」だった。

 

1938年に起きた事故を題材にして、西條八十作詞、古賀政男作曲で作られた歌で、渡辺はま子が歌っていた。

 

戦前の日本統治下の台湾北部の山間の村に、一人の日本人巡査がいた。

その巡査は村の学校の教師も務めるなど面倒見がよく、村人から慕われていたそうな。

その巡査に、召集令状が届き、出征するために下山することになったが、多くの村人たちが荷物運びを手伝ってくれたそうな。

大雨の中、下山途中の丸木橋で、サヨンという一人の少女が足を滑らせて川に転落、命を落としてしまった。

巡査を慕う、可愛らしい美少女だったそうな。

 

この事故は、原住民を宣撫する格好の美談として、歌になり、映画にもなり、現地には「サヨンの鐘」という記念の鐘と「愛國乙女サヨン遭難の碑」が設置されたんじゃよ。

映画の主演女優は、山口淑子元参議院議員、当時は李香蘭といっていたね。

 

この鐘は、戦後、台湾に移ってきた国民党政権によって、日本の台湾統治の象徴の一つとして撤去され、碑も碑銘を削った上で廃棄されたんだ。

しかし、その後、台湾の民主化とともに鐘は復元され、碑も、新しい碑と並んで再び建てられているんだよ。

サヨンの住んだ村の付近に架けられた橋には「サヨン橋」という名もつけられているんだ。

 

日台親善のシンボルの一つとして蘇ったことに、サヨンも喜んでいることじゃろうて。