次は落雁美人、王昭君だね。

 

空を飛ぶ雁も、その美しさに見とれて落ちてしまうほどの美人だったそうな。

 

落雁といえば、茶席菓子や供物としての和菓子だね。

抹茶でなくても、緑茶で頂いてもおいしいよね。

なぜ、このお菓子が空から舞い降りる雁なのか、よくわからんが、そんな詮索をするよりも、美味しく頂こうよ。

 

王昭君に戻ろう。

別に彼女だけ君づけで呼んでいる訳じゃないんだよ。

本名は牆(しょう)または檣(しょう)で、昭君は字(あざな)なんだよ。


三国志の登場人物も皆この字を持っているね。

例えば劉備は玄徳、曹操は孟徳、孫権は仲謀といった具合だ。


王昭君は紀元前1世紀頃の漢時代の名家の生まれで、その美貌を買われて元帝の後宮(ハーレム)に入ったが、帝の寵愛を得ることは無かったのだそうな。

勿体ないことだね。


当時、漢は北方の匈奴(きょうど)との紛争が続いており、その和平策として漢から匈奴に女性を差し出すことになった。

まぁ、皇女和宮の中国版といった政略結婚だね。


漢の元帝は、美しい女性は手元に置いておきたかったので、後宮の中から最も醜い女性を差し出すことにした。

そこで帝は似顔絵師の描いた肖像画の中から最も醜い女性を選んだ。

それが王昭君だった。


実は、王昭君は絵師に賄賂を贈らなかったので、肖像画は実に醜く描かれていたのだそうだ。
お別れのパーティーで、王昭君が帝に挨拶に来た時、帝はあまりの美しさにびっくりした。

こりゃあ絵と違うじゃないか、と大騒ぎをして、挙句には絵師の首を刎ねたが後の祭り。


こうして王昭君は匈奴の王呼韓邪(こかんや)単于(ぜんう)に嫁いだのだよ。

彼の死後は息子の嫁になり、子供ももうけている。

近親結婚だね。


中国では王昭君は悲劇の女性として伝えられているが、案外幸せな一生だったのかも知れないね。
それよりも、醜女だと信じて匈奴に送ろうとした王昭君が絶世の美女だったことを知って後悔した帝の方が可哀そうに思えるが、どうだろう。