ルナシーの真矢が先日亡くなった。
4年前、札幌公演を観に行った。
あれが私にとって、初めて生で観たルナシーだった。
まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかった。
私は中学3年生からギターを始めた。
あの頃はビジュアル系全盛の時代だった。
なぜか私は、真矢モデルの紫色のヒッコリーのドラムスティックを買った。
ドラマーでもないのに。
家のどこかに、今もあるはずだ。
あの頃は、未来が永遠に続くと思っていた。
憧れの人たちは、ずっとそこにいると思っていた。
でも時間は、確実に流れている。
そして今、
自分自身も“重ねている側”になっている。
ローブレナを飲みながら、
私はギターを弾いている。
体調は正直、とても良い。
主治医にも「とても良いですね」と言われた。
ありがたいことだ。
副作用が強い日もある。
体調の波もある。
それでも弾く。
それでも残す。
「残り時間と言葉」。
生きている間に、何を残すのか。
野村監督は「人を残す」と言った。
私は、何を残せるのだろう。
いや、違う。
“残せるのだろう”じゃない。
“残したい”。
それが正解で、今の気持ちだ。
足掻いてでもいい。
ちっぽけでもいい。
なんでもいい。
これから生きていく人に、
気づいてもらえること。
知ってもらうこと。
伝わること。
感じてもらうこと。
残す = 伝わる = 感じる。
その先に、
誰かが動くこと。
誰かが一歩踏み出すこと。
それに繋がるなら、
それはもう十分幸せだ。
最近、子どもたちとドライブに行った。
コンビニに寄って、
車の中で笑って、
音楽を流して。
何気ない時間。
体調が良いからこそ、
その普通が、より愛おしく感じる。
こんな時間が、
ずっと続けばいいと思う。
でも同時に、わかっている。
このままが永遠ではないことも。
悲観じゃない。
事実として。
だから私は逃げない。
近いうちに、ちゃんと伝える。
今のこと。
これからのこと。
向き合うことも、
残すことだと思っている。
言葉は心に残る。
でも、
行動に繋がらなければ、
ただの文字で終わってしまう。
だから私は、
音を鳴らす。
揺れを残す。
言葉を書く。
生きている間に、
生きている証を残す。
ローブレナを飲んでいる今も、
すぐ弾きたいと思って、30分だけ練
習して、すぐ撮影した。
完璧じゃない。
でも、今の揺れは今しか出ない。
Finally Free。
解放は未来にあるんじゃない。
弾いた瞬間にある。
Dream Theater。
私の人生も、夢の劇場の途中にいる。
今日の一音はこちら。




