歌いたいから、歌うんだ | フーテンの横チン

歌いたいから、歌うんだ


2014・1・18~愛媛・松山市~
 みぞれがやんだころ、彼は静かに弦を弾き始めた。スピッツ、奥田民生、ZOO、宇多田ヒカル。誰もが知っている流行歌の後、39歳の男の心を揺さぶる歌を奏でた。♪そんな時代も あったねと…。中島みゆきの「時代」。気がつけば、いっしょに口ずさんでいた。心は学生時代へとフラッシュバックしていた。
 午後9時過ぎ、大街道商店街。彼はフォークギターを準備していた。週1回は足を運んで、定位置で歌っているという。家路を急ぐ人、あるいは酒場へと向かう人。寒空だから、足を止めてくれる人はあまりいない。それでも、歌うことはやめない。聞かなくても分かる。歌いたいから、歌うんだ。ただ、それだけだ。
 学生の時、バイトで貯めたお金で、安もののギターを買った。書店でフォークソング集をあさった。かぐや姫、吉田拓郎の譜面のコードを追った。指が短くて、Fを出すのに苦労した。偉そうにアルペジオで、さだまさしの「秋桜」を弾いた。不器用で、弦を何度も張り直した。真夜中なのに、下手くそな歌で友人と尾崎豊の「シェリー」を絶叫。近所迷惑をした。ブサイクな顔のくせして、好きな女の子の前でサザンを歌ってカッコつけた。
 彼の気持ちよさそうに歌う姿を見て、懐かしくなり、そして、うらやましくなった。アパートに帰って、テレビをつけたら、南こうせつと伊勢正三がセッションしていた。「22才の別れ」が流れ始めると、立ち上がれなくなった。風呂場でシャワーを浴びながら、大声で歌ってしまった。相変わらず、近所迷惑なヤツだなあ…。