小澤征爾さんとフレール・ジャック

昭和の巨人、世界の巨匠がまた一人あちらの世界に旅立ってしまった。なんて寂しい。

あれは、2000年5月5日の昼下がり。私はエッフェル塔下、シャン・ド・マルス公園にいた。なんとその日は、夕方から世界の小澤征爾がエッフェル塔下で野外の無料コンサートをするというのだ。それは、米仏友好記念として、小澤征爾が米仏合同のオーケストラを率いて自由をテーマにコンサートをするという一大イヴェントであった。多くのパリジャン達が世界の小澤の演奏を一目見ようとシャン・ド・マルス公園に集まり始めていた。



本番が始まるよりもかなり前に到着した私たちは、征爾さんのコンサートのリハーサルを聴かせていただくことが出来た。

我々が到着すると、征爾さんが握っていたのは、指揮棒ではなく、マイクだった。彼は、英語で、私がこれから私の1番好きな童謡をご紹介します。それは、フランス民謡のフレール・ジャックなんです。と言っている。そして、合唱隊のコーラスと共にフレール・ジャックの歌が始まる。輪唱形式で演奏と共に歌がどんどん広かってゆく。そして征爾さんもフレール・ジャックを歌っていた。その場面だけを征爾さんは何度も練習していた。

小澤征爾さんのコンサートは何度かTVで観たことがあったけれど、彼の歌がまさか聴けるなんて、そして彼が1番好きな童謡が、シャンソンのフレール・ジャックだったなんて…。知らなかった私は、それまで以上に、小澤征爾さんのとても純粋な面を見た、出逢えた気がした。それは、目からウロコ物のリハーサルだった。



夜が更けてゆく。エメラルド色に高くそびえ立つ、エッフェル塔の足下にスクエア形に組まれたステージ。グレーの空に赤褐色のステージライトが点灯して、引き締まり、緊張が高まる。リハーサルの公園ムードとはガラッと変わりコンサートが始まった。100,000人、いやもっとたくさんの聴衆が思い思いのいでたちで、芝生の上に腰掛けた状態で彼の演奏に聞き入っていた。オーケストラは、ボストン・シンフォニー・ハーモニー、そしてパリ管弦楽団。軽やかにそして魔法を紡ぐように彼の指揮棒は振られていた。

60分程のコンサートは、あっと言う間に後半のクライマックスの部分に差し掛かっていた。いよいよ、リハーサルで彼が入念に練習していたフレール・ジャックだ。彼は、リハーサルの通り、この曲は、自分が一番好きな童謡だと紹介して曲が始まった。合唱隊コーラスのホワイトの衣装にフレール・ジャックが繰り返し輪唱形式で演奏され、そのコンサートの中の一番長く輝く、希望の光のように思われた。上手く表現できないけれど、なんだか荘厳で賛美歌みたいでもあり、日本的でお経の祈りでもあるかの如く、今まで聞いたこともないフレール・ジャックだった。本当に彼がこの曲が好きだと伝わった。観客の拍手は、鳴り止むことがない位だった。だって世界の征爾がエッフェル塔下で、フランス人が最も良く知る童謡「フレール・ジャック」を歌いながら、演奏してくれるなんて。フランス人たちは感動したのだ。もちろん、私も感動で涙が溢れて聞いていた。

そして最後の最後にもう一つミラクルは、起こったのだ。それは、アンコールの曲、ヨハンシュトラウスのラデツキー行進曲の時のことだった。10万人の観衆は、彼の演奏に酔いしれ、この曲と共に、手拍子を打った。そしてオーケストラが、一番最後のシンバル音を打った瞬間のことだった。シャンというシンバルの音と同時に、天空に稲光の閃光が走って雷が鳴った。バシャッ、ドロドロドロと地響きが起こり、次の瞬間、空からバケツが逆さまになったみたいなシャワーの雨が一斉に降り落ちたのだ。
音楽を楽しんでいた人々は、本当に驚いて、皆キャーと悲鳴を上げてその場を走り出さなければならなかった。あんな稲光りを見たことは、これまでに遭ったことはない。小澤の音楽は、本当に雷まで起こさせる力があるんだと本当に驚いた。もうどんなにずぶ濡れの姿になったかは、言うまでもない。笑いが出る位の凄い雨。

今思い起こせば全てのことが、思い出しただけで身震いがする程に素晴らしいコンサートだった。ダイナミックさと彼の人間性、素朴さが雨と嵐と共に私の胸に刻まれた。あの時、小澤征爾さんは64歳だったそうだ。私は、そのコンサートに立ち会えた10万人の中の1人であったことを心から幸せに思う。23年も前のことで記憶の細部が曖昧である。合唱隊はウィーン少年合唱団のように思われたが、プログラムもなく定かでない。残念だ。許してほしい。

「技術の上手下手ではない。
その心が人をうつのだ。」小澤征爾

                                                    

小澤が遺した名言だ。本当だ。音楽も美術も文章もやはり心なんだ。

ありがとう。征爾さん。安らかに、そして永遠に。






〈最後に〉
フレールジャックがわからないという方のために

「フレール・ジャック」 はフランス語 圏および世界各地でよく知られたフラ ンスの民謡。フランス語圏外ではその 地域の言語による歌詞で歌われている ため、世界各地に様々な歌詞が存在している。

作曲者: ジャン=フィリップ・ラモー

英題: フレール・ジャック
Are you sleeping

幾つかYouTubeもご紹介します。

フレールジャック

 



https://youtu.be/KoExePir6sU?feature=shared

童話風イラストのあるフレールジャック


https://youtu.be/D89QpVXTQOI

秋吉敏子さんの演奏

https://youtu.be/iqpQ6XeYQ38?si=oMjwJqU63jqN6OLd

私が訳詞したもの
ーこのまま、メロディに乗せて歌えるように訳詞した訳詞もご紹介しますー
フレールジャック
Frères Jacques
(訳詞 原洋子)

フレールジャック
フレールジャック

ねているの
ねているの

鐘を鳴らして
鐘を鳴らして

ディンダンドン
ディンダンドン

西南学院大学グリークラブの皆さんのYouTube、これは素敵なので是非