記憶の整理 42 | ひよこぶたのブログ

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父の姉が やんばるのもっと奥に嫁いでて、何度か遊びに行った。

子猫がいて、猫好きな私は退屈する暇がなかった。
庭にはシークヮーサーがいっぱい実り ジュースを作って飲んだ。

葡萄もいっぱい育ててて、
それを沢山摘んで持ち帰り父が焼酎に漬けてた。焼酎?泡盛だったのかな?
よくわからないけど 葡萄だけを独自発酵させるとワイン的なものになるから
法律に触れるんだよね。確か。どぶろくみたいなものだろう。

その葡萄酒は甘くて美味しくて
特別な時に少しだけ飲ませてもらった。おちょこ一杯くらい。

小さいとき姉も私も漫画や絵を描くのがすきで、勉強が疎かになるのを心配した父が私達姉妹をひざまづかせ もう漫画は描かないと誓わせ
誓いの杯とか言って この葡萄酒を飲ませた。

もちろん無駄だったんだけど。

あ、勉強で思いだしたけど、幼稚園の時
父が小学校に上がる前に文字の読み書きが出来ないといけないと
あいうえお の表を家に貼ってて、あいうえおだけじゃなくて
横読み あかさたなはまやらわん これを完璧に覚えないといけないという
スタンスで、鈍臭い私はよく覚えられず泣いた。

母が 泣いてる私の側で 学校に行ったら教わるんだからと庇ってくれたが
父が絶対だった。

絶対って教育は逆効果だとほんと思う。

私は食べ物の好き嫌いも激しく幼少期祖母に甘やかされたからとの
認識が父にあり 確かにそういう側面もあったかもだが

体にいいからと ゴーヤジュースを飲まされたトラウマ
ただでさえ子供はゴーヤーきらいなのに

本当シンプルなゴーヤーをミキサーでジュースにしたものを
コップ一杯と水コップ一杯側に置いて 強制的に飲まされた。

ある日は 食卓のゴーヤチャンプルーが食べられずいつまでもそこに座らされ
そのうち寝てしまった。

父も頑固だったが私も負けずに頑固だった。


大人になり親元を離れた私は あるきっかけでゴーヤーが大好きになった。

無理矢理で好きになることはない。